- 目次
1.AIのビジネスへの適用領域の拡大
昨今、ChatGPTをはじめとしたテキスト、音声、画像など様々な種類の情報を利用して高度な処理を行うAIに注目が集まっています。質問や要望を投げかけると人間のように返答するため、AIの万能感が高まっています。これらは汎化型AIと呼ばれており、特定の分野や領域に限定されず共通的に処理を実行できるため、幅広い領域で今後の活用が期待されています。
他方、特定の分野や領域に特化したAIは特化型AIと呼ばれています。特化型AIは「予測」、「識別」、「分類」、「実行」など、実施する処理を絞ることで高い精度を発揮することが特徴です。さらに「予測」を例にとれば、商品の需要予測、道路状況の渋滞予測、感染症の流行予測など、対象に合わせてAIを最適化することで一層精度を高めることができます。
特化型AIは「製造」、「流通」、「金融」、「通信」などあらゆる産業の実業務で活用されています。総務省の調査(※1)によると、AIを活用したシステム・サービスを導入した企業の約8割は導入の成果を実感しています。AIのデータに基づく分析や洞察によるデータドリブンなアプローチにより、生産性向上や顧客サービス向上を実現し、ビジネスに貢献していることからAIの適用領域が拡大しています。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/220527_1.pdf
2.AIによるビジネス課題の解決の限界
多くの場合、AI活用は貴重な成果をもたらしますが、一方で、AI導入では本質的なビジネス課題の解決に至らない場合も多く存在します。NTTデータの過去事例からAI活用が実用的でなかった事例を紹介します。
Case1.設備故障の早期復旧
A社ではAIモデルを活用して、各地にある屋外設備の故障数をエリアごとに予測していました。故障規模によっては事前準備が必要となるため、どの程度故障が発生するか事前の把握がその後の早期復旧に繋がります。そのため、エリアごとにどの程度故障数が発生するかを予測することが必要でした。
AIモデル活用によって、設備の故障数予測自体は問題なくできていましたが、予測の根拠となる情報が示されないため、予測結果に対する現場の納得感が低い状況に陥っていました。複雑なAIモデルを使用していたため、降水量や気温など、どの特徴量が予測結果に重要な影響を及ぼしたかの判別が困難だったのです。また、学習データが少ないエリアでは稀に実際の故障数から大きく乖離した予測値を出力することから、AIモデルに対する不信感も高い状況でした。このような状況下では、現場が納得できる特徴量を採用し、AIモデルを単純化するなど解釈性を高めることが重要になります。本事例の解決策を3章で言及します。
Case2.不良品の削減
B社ではAIモデルを活用し、そのまま加工を続けると不良品となる可能性が高い仕掛品を判別していました。判別した仕掛品に介入することで、歩留まり率の向上を狙いとしています。本事例においても、AIモデルの活用により不良品となる確率の高い仕掛品か否かを問題なく判別できていましたが、判別結果の根拠情報が示されないため、結果に対する現場の納得感が低い状況でした。また、判別結果に対して切削の速度や熱など、どの特徴量の影響が重要であったかが分からないため、不良品となる原因の特定や対策検討に時間を要していました。そこで、現場が解釈しやすい結果の提示や、不良品削減に繋げられる情報の提示が求められていたのです。本事例の解決策も3章で言及します。
上記どちらの事例もAIを活用し、故障数予測や不良品確率の高い仕掛品の判別を、高い精度で実現できていました。結果の精度のみが求められる状況下であれば、AI活用が最適な解決策と言えます。一方どちらのケースにおいても、モデルをビジネスで活用するためには結果の解釈が必要とされたため、単純にAIを活用しただけではうまくいきません。また、それ以外にもデータの量や質が欠けている状況では精度の高いAIモデルを作れず、ビジネス活用に至らないことも少なくありません。
AI導入はゴールではなく、ビジネス成果を創出して初めて成功と言えます。ビジネス成果の創出には、ビジネス目標や真の課題(ビジネス観点)に基づき、データ特性を踏まえた上で(データ観点)、分析設計(分析設計観点)を行うビジネスドリブンな考え方が重要になります。
3.データドリブンとビジネスドリブンの両輪によるビジネス課題の解決
データ活用によりビジネス成果を創出するためには、「ビジネス観点」「データ観点」「分析設計観点」の三つの観点を検討、整合させる必要があります。ビジネス観点では、目の前の課題が真に解決したい課題であるか、施策へと繋がるかを明確にすることが重要になります。データ観点では、データ量がどの程度あり、異常値や外れ値またはバイアスがないかを確認することが重要です。分析設計観点では、ビジネス観点とデータ観点を踏まえて最適な分析手法や技術を見極め、分析設計に落としこめるかどうかがプロジェクトの成否を大きく左右します。
これらの観点を踏まえ、前章で述べた2件の事例の解決策を紹介します。
Case1.設備故障の早期復旧
本事例では設備の故障要因を把握し、現場の納得感を醸成することで、予測結果を踏まえた復旧対応を行うことが求められていました。また、モデルに対する不信感を与えないためにも、データが少ないエリアの予測精度の改善も必要です。NTTデータでは、これらのビジネス課題の解決に統計解析の活用を選択しました。手法として線形回帰モデルを採用することで、どの特徴量が予測結果に重要な影響を及ぼしているかの解釈が容易になります。さらに、線形回帰モデルは特徴量と予測結果の関係がシンプルなため、数式が苦手でも予測結果の要因をイメージしやすく、抵抗感が少ないことも利点の一つです。また、異常値や外れ値などに気を付ける必要はありますが、線形回帰モデルは比較的過学習(※2)しにくいため、データが少ないエリアに対しても活用が可能です。このように統計解析を活用することで、モデルに対する現場の理解度が深まり、データ活用率が大幅に向上しました。
Case2.不良品の削減
本事例では不良品となる確率が高い仕掛品に介入し、良品化を実現することが求められていました。同時に、不良品が生じる原因の究明と対策が求められています。このようなビジネス課題を解決するためには、Case1と同様にAIではなく統計解析を活用したデータ分析が有効でした。統計解析の手法である決定木モデルを採用することにより、どの特徴量が重要な影響を及ぼし不良品を発生させているかが解釈しやすくなります。また、統計的因果推論により因果関係の有無を特定し、因果効果の強さを把握することで、不良品発生原因と対策優先度を適切に検討できます。さらに、検討した対策を講じた後、統計的仮説検定により修正した工程が改善されたかの検証も可能なため、不良品判別から対策の効果検証まで一連の流れで活用できます。このように統計解析を活用することで現場の理解が深まり、特に原因究明や対策案検討に大きな影響力を持つ熟練者の賛同を得られたため、不良品が削減され、歩留まり率向上に繋がりました。
表:各事例の概要
Case1 | Case2 | |
---|---|---|
目的 |
|
|
問題 |
|
|
原因 |
|
|
解決の方向性 |
|
|
解決策 |
|
|
データ活用でビジネスを成功に導くためには、ビジネスドリブンな「分析設計」をすることが重要になります。そのためには、ビジネス観点とデータ観点で捉えることに加え、分析手法や技術の目利きが必要です。AIで解決できない課題に対して統計解析が有効なケースも多々あるため、AIだけでなく統計解析の知識も併せ持ち、目的に応じて使い分けることが大切になります。データ活用においてデータドリブン偏重は、ビジネス課題を解決できないなどの問題が生じます。またビジネスドリブン偏重は、データに基づく客観的な判断が迅速にできないなどの問題が生じるため、データドリブンとビジネスドリブンの両輪のバランスが重要となります。
図:データドリブンとビジネスドリブンのバランス
学習に利用したデータのみに過剰に適合し、未知のデータに対する精度が低い学習状態
4.データ活用によるビジネス成果創出に興味がある方へ
データドリブンで進めてきた取り組みをビジネスドリブンで捉え直し、最適な分析手法に切り替えることで、より大きなビジネス成果を創出した事例をご紹介しました。本事例においては、ビジネスの目的と今あるデータを考慮した際、ビジネス成果を創出する適切な分析手法はAIではなく統計解析でした。ビジネス成果を創出するために重要なのは、AIや統計解析を単に適用するだけではなく、どの手法や技術が有効かを見極め、目的やデータに応じて使い分けることだと考えています。
NTTデータのデザイン&テクノロジーコンサルティング事業本部(※3)では、お客様にビジネス成果を創出いただく活動を推進しています。データ活用がうまくビジネス成果に結びつかないなど悩みを抱えている方や、今回ご紹介した内容にご興味がある方はお声掛けください。