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1.意思決定の高度化を実現するDecision Intelligence
AIモデルの業務適用が進む現在、Decision Intelligenceと呼ばれる概念に注目が集まっています。複雑な要素が絡み合う実業務での意思決定において、AIによる分析結果だけでは適切な判断を下すことが困難なケースがあるためです。そういったケースでは、AIなどデータサイエンスによって得られる分析結果と共に、その他の要因を考慮しなければなりません。
Decision Intelligenceでは、ビジネス条件やデータの集計結果、AIなどによる分析結果などの、意思決定する上で必要な要素を抽出し、要素間の相互関係を構造化。その上で、アウトカム(成果)が最大化されるような選択肢を決定します。Decision Intelligenceの活用によって、AIモデルだけでは実現できない複雑な意思決定への対応が可能になると言われています。
今回はDecision Intelligenceの活用によるビジネス成果創出の具体例をご紹介します。Decision Intelligenceの概念についての詳細はこちらの記事(※1)をご確認ください。
2.Decision Intelligenceを活用した取り組み
Case1.各種制約を踏まえた全体最適な営業計画の策定
(1)Decision Intelligence導入の背景
本事例は保険業A社において、「実行可能な最大の成約数」を導くための営業計画策定に関する取り組みです。A社では、DMや電話、訪問など、複数の営業手段により、様々な商材のクロスセルに取り組んでいます。営業方針を決める際、営業手段単位の運用計画(何月にどの営業手段を実施するか)をあらかじめ決めた上で、顧客単位に何月に、どの商材を、どの手段で提案するかの詳細計画を作成・実行しています。そのため営業計画の選択肢は多数存在する上に、ビジネス観点での条件や制約も存在しています。
このようなケースの場合、AIモデル単体では問題を解決できません。例えば、AIによる成約率予測を活用することで、ある月のある営業手段における成約数を増大させることは可能です。しかし、図1のように通年で見ると、当月の成約率が高い顧客ではなく、低い顧客を優先した方が全体での成約数が多くなる場合があります。また、成約率予測のスコア順に営業リストを作成すると、毎月特定の顧客がリストに含まれてしまうため、再度リストを検討し直す問題もありました。これは、顧客満足度を低下させないように、営業間隔を一定期間空けるという会社の方針があるため発生する手戻りです。
図1:AIモデル単体で意思決定する際の問題例
そこでDecision Intelligence活用によってビジネス条件をあらかじめ考慮し、全体の成約数最大化を目指しました。どの顧客に、何月に、どの商材を、どの手段で営業するか顧客単位の詳細営業計画を作成し、実行するシステム構築に着手したのです。Decision Intelligenceの活用による全体最適な営業計画の導出手順をご説明します。
(2)Decision Intelligenceによる営業計画導出手順
様々なビジネス上の条件を満たした全体の成約数をアウトカムとし、それを最大化する詳細な営業計画を下記ステップの処理により導出していきます(図2)。
- 1.アウトカムを決定する要素間の因果関係を構造化
アウトカムである成約数を決定する要素(ビジネス条件やAIによる成約率予測)を洗い出します。ビジネス条件には、営業施策の概要計画(施策の予算、スケジュール等)や、ビジネス制約(人的キャパシティ、前回営業実施から一定期間を経過しないと再営業しないポリシー等)が含まれています。図3のように各種ビジネス条件およびAIによる予測の因果関係を構造化します。 - 2.意思決定ロジックの構築
構造化された要素をもとに、誰に、何を、いつ、どうやって営業をするかの選択肢を導出します。全ての組み合わせ選択肢のうち、ビジネス条件を考慮した上で全体の想定成約数を可能な限り最大化した組み合わせを出力する意思決定ロジックを設計し、実装します。 - 3.詳細営業計画の策定
意思決定ロジックにより、顧客別に年間の詳細営業計画を出力します。 - 4.成果の確認(Decision Intelligenceの評価とフィードバック)
詳細営業計画に従って業務を実施し、実績成約数をモニタリングしています。成果のフィードバックを数か月に一度実施し、計画を最新化して運用を継続する体制を敷いています。
図2:Decision Intelligenceによる営業計画導出法
図3:Decision Intelligenceによる要素の構造化例
(3)Decision Intelligence活用による成果
以前はAIモデルの分析結果をもとに、ある一時点において最適な手段のアプローチを導出し実行していました。今回は各要素の因果関係を構造化し、ビジネス条件を考慮することで、全顧客に対し年間で最適なタイミングや回数、間隔、手段のアプローチを導出し実行しています。その結果、Decision Intelligence未適用の非最適化群と比較し、平均成約率が1.5倍に向上する成果が得られました。様々なビジネス条件を複合的に捉えることで、実業務の構造に近いシミュレーションをすることができたため、成約率が向上したと考えられます。
Case2.データバイアスの影響を考慮したAIの業務実装検討
(1)分析精度を下げる外部要因とは
AIを実業務で運用する際は、前提となるビジネス条件を理解し、学習データがどのように生成されているか、またアウトプットがどのように活用されているかを十分に把握する必要があります。この理解が浅い場合、間違った意思決定を引き起こしかねません。
先進的な取り組みを進めているB社では、営業が商品を効率的に提案できるように成約率予測モデルを活用していました。しかし、学習データに大きなバイアスが存在しているため、モデルの推薦結果が必ずしも正しいとは言い切れない状況でした。このバイアスは、特定の商品を顧客へ提案するという会社の方針により生じていました。特定の商品がより多くの提案機会を得ることになり、成約数も増えるため、売れる商品だとモデルが学習します。一方、本来売れる可能性のある別の商品が推薦されず、モデルの推薦結果を信頼して営業すると、販売機会やマーケットシェアを喪失するリスクがあります(図4)。
図4:分析の精度を下げる外部要因の例
(2)データバイアスに対応するための機能拡張
この課題への対策として、提案回数を考慮しながら有望な商品候補を探索する機能の導入を検討しています。有望な商品候補を探索するAIと、売れる商品を推薦するAIを組み合わせて、営業への推薦結果に一定の割合で有望な商品候補を混ぜることで、学習データのバイアスを除去し、更なる成約率向上を目指しています(図5)。
図5:検討中のデータバイアスへの対策
本事例では、AIが活用されるビジネスシーンを俯瞰し、学習データが生成される過程や推薦結果の活用方法といったビジネス条件とAIモデルとの関係性を構造化して把握することで、解決方向性を見出しました。今後は、データバイアスに起因するAI運用のリスクをヘッジするルール策定について検討していきます。
3.Decision Intelligenceの活用に興味がある方へ
Decision Intelligenceを活用した営業計画の策定と、データバイアスによるリスクを回避するためのAIの業務実装の取り組みについて、具体的な事例をご紹介しました。AIモデルを単体で活用するのではなく、ビジネス条件などの複雑な要素を考慮して活用することで、より大きなビジネス成果の創出につなげることができます。本事例は、特定業界に限定された話ではなく、様々な業界や業種、業務で活用することができると考えています。
NTTデータのテクノロジーコンサルティング事業本部(※2)ではお客様にビジネス成果を創出いただくために、本事例のように単なる分析モデル構築に終始しない活動を推進しています。今回ご紹介した意思決定の高度化やシステムへの組み込みといったテーマについても、引き続き実施していく予定です。ビジネスや業務上の意思決定に課題感をお持ちの方、Decision Intelligenceについてご興味ある方はぜひお声掛けください。