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2023.9.5事例

【2023年版】今、世界で起きている3つの「創薬DX」事例を徹底解説

成功確率3万分の1と言われる新薬開発。細分化され難易度が増していく医療ニーズに応えるため、創薬の現場は今、DX(デジタルトランスフォーメーション)を迫られている。製薬企業はいかにして創薬にまつわる逆風を乗り越えればよいのか。NTTデータの本村達也・横田俊が、創薬の最新DX事例を解説する。
目次

新薬開発を取り巻く、さまざまな逆風

製薬企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。

画期的な新薬を出したらそれで安泰というわけではなく、特許切れ後のジェネリック製品との闘いの前にも、近年実質的に薬価改定の頻度が高まるなど、例えば収益面の競争環境の厳しさもあります。

もう1つの要因は「新薬開発の難易度」です。今、世の中にはすでにあらゆる疾患に対する薬が出回っています。簡単に開発できる薬はすでに開発し尽くされ、開発の余地が残っているのは難病や希少疾患など。

そのため、現在では新薬開発の成功確率は3万分の1とも言われています。一方で、場合によって新薬開発は約9年~17年もの年月を必要とします。長い年月とコストがかかる新薬開発は、非常にリスクの高い事業投資になってしまっているのです。

しかし、そうは言っても製薬企業は新薬開発を止めることはできません。世の中のあらゆる病気や疾患と対峙していくという使命はもちろん、新薬の特許が有効な出願してからの20年間、ジェネリック医薬品が登場する前が製薬企業にとって収益を上げるチャンスだという事業上の理由もあります。

製薬企業は逆風のなか、新薬開発を進めなくてはなりません。そして、その鍵を握るのが創薬DXなのです。

なぜ、創薬の現場ではDXが進んでいないのか?

創薬プロセスにおいて多くの製薬企業で共通する課題。それはまだ新薬開発の現場では人手によるアナログな業務が多く残っているということです。

例えば研究の成果の正当性を担保するために重要な実験ノート。これは長きにわたり手書きのノートを使うことが主流でした。

電子実験ノートは、現在でこそ大手製薬企業の研究所には浸透していますが、導入されたのが2015年頃という事例も複数あり、比較的最近までアナログが残る世界でした。また2016年のある調査では、国内の大学・研究機関で電子実験ノートを常用しているのは約2割程度です。

この例に限らず、私たちが製薬業界の皆さまとお付き合いするなかでだんだんとわかってきたのは、創薬の現場は非常にDXが難しい世界だということです。

同じ製品を製造し続ける工場の生産ラインであれば、型をつくり、標準化、そして自動化していくということを比較的容易に行うことができます。しかし、研究の現場では「少し違うことを試してみよう」と今日と明日でまったく違う作業をしてみるということも起こり得ます。

業務にルーティンが少ないという点は創薬現場のDXを難しくする要因の1つです。

また、部分的・短期的にはルーティン作業に見える業務も存在しますが、その中には匠の技と言えるような職人的な領域も存在します。シャーレに細胞を播種する作業でも、誰が行うかによって結果が異なることがあるそうです。こうした暗黙知があるために属人化してしまいがちな点も、創薬DXを難しくしていると言えるでしょう。

とはいえ、今ではロボットアームなどが導入されている現場もあります。しかし、それでもやはり完全に自動化することは難しく、人間が補助・監視していなければならないことが少なくありません。

そういった間接業務に追われている研究者の方に、本来行うべきクリエイティブな業務に集中していただく。そのためにも今後製薬業界はDXと向き合っていかなければなりません。

事例1:世界中から24時間アクセスできるシリコンバレーの研究ラボ

さまざまな障壁を越えて、いかにDXを推し進めるのか。すでに創薬DXの動きは世界で広がりつつあります。

Strateos社は米国・カリフォルニア州のシリコンバレーに拠点を構える2019年創業のスタートアップ企業。製薬会社の研究員は、同社が手掛けるSmartLab Platformに世界中どこからでも24時間アクセスをして、創薬研究の業務を外部委託することができます。

同社はカリフォルニア州のメンロパークとサンディエゴに創薬研究のためのスタジオを所有しています。スタジオにはロボットアームをはじめとする最新鋭の研究機器を搭載。IoTによる高度なソフトウェア制御で、これまで難しいとされていた創薬研究のさまざまなプロセスを自動化できる、高品質な実験環境になっています。

世界中の研究員達は、デスクトップからSmartLab Platformにアクセスして自分たちが望む研究内容を依頼するだけで、遠く離れたシリコンバレーのスタジオで自動実験が行われ、その結果がデータとして返ってきます。これにより、研究の実験に要する作業時間は平均で約90%短縮。仮説構築やデータの分析・考察といった、クリエイティブな業務に集中することができます。

また、2020年には世界的な製薬企業Eli Lily社がStrateos社と提携して、ロボットクラウドラボ「Lilly Life Sciences Studio Lab(L2S2)」を開設しました。

Eli Lily社は自社の創薬プロセス全体(化合物デザイン/合成/精製/分析/サンプル管理)をロボットにより自動化及びリモート制御可能にすることで、研究員の経験や勘に依存しない再現性の高いデータをリアルタイムで利用できるようになりました。

結果として、従来は数週間~1ヵ月程度かかっていた合成から評価のサイクルが2時間~数日に短縮されたそうです。

Strateos社のSmartLab Platform、もしくは同じようなサービスが普及すれば、製薬企業は実験設備リソースの制約を受けることなく、豊富な実験設備を必要な時に必要なだけ使用することができます。

人間が介在しないことで人的ミスも減ることになります。創薬のプロセスがスピードアップし、精度が高くなることで、より多様な医薬品の研究に取り組むことができるようになるでしょう。

また、24時間世界中からリモートアクセス可能な実験環境は、研究員の国・組織・分野の垣根を越えたグローバルなコラボレーションも実現すると考えられます。

大手製薬企業の場合、研究開発拠点が日本だけでなく、欧米にも分散しているケースが少なくありません。実験結果がリアルタイムで可視化されることで、日本から依頼した実験結果を欧米の拠点ですぐに確認して分析する。そんなことも実現できるようになるのです。

事例2:実験モジュールで製薬企業のラボを柔軟にオートメーション化

次にご紹介するのは2004年創業の米国・マサチューセッツ州にオフィスを構えるHighRes Biosolutions社です。

先ほどご紹介したStrateos社が自社の自動化した研究ラボをクライアント企業へ提供しているのに対して、HighRes Biosolutions社はクライアント企業の研究ラボを自動化することを基本サービスとしています。

これまでにお話したように、創薬の現場は「明日は今日やっていた作業とはまったく異なる作業をするかもしれない」という世界。そんな研究室の作業の自動化をするために同社が考案したのが、MicroDockというモジュール式自動ワークセルの考え方です。

同社が提供するNucleusは、実験の内容に応じて、機能ごとに分離・再構成が可能なモジュール型実験機器です。各モジュール機器には車輪が付いていて簡単に移動できるほか、他の機器とも接合部品を介して簡単に接続できます。

これにより、目的に応じて自動化するラインを柔軟に変更できて、複数の機器を組み合わせたマルチロボット環境を構築することができます。

また既存の機器と同社が提供する機器を組み合わせたり、一部手作業で行う工程と自動化する工程を組み合わせたりするといったことにも柔軟に対応できるでしょう。

Nucleusをはじめとする研究室内のすべてのデバイスを統合するのはCellarioというソフトウェア。研究者はCellarioを用いて、自動実験の管理、資材管理、実験結果の確認を自身のコンピュータから行うことができるのです。

AstraZeneca社はスクリーニング・アッセイや化合物管理の自動化を目的として、HighRes Biosolutions社が提供する実験モジュールをR&Dセンターに導入しました。

1日に累計30万化合物のハイスループットスクリーニングを実現し、組み合わせたロボットグループ全体で40~50の疾患について4000万化合物をテストできる体制を構築したそうです。

日本でも大手企業を中心に実験ロボットの導入事例は見られますが、その数は限られているのが現状です。実験装置のモジュール化の考え方は、これまで難しかった実験プロセスの自動化を可能にし、手作業による再現性と効率性の低さ、実験中の事故リスクなどを大幅に改善させる可能性があるでしょう。

事例3:デジタルネイティブな新時代の製薬会社

最後の事例は新型コロナウイルスワクチンをいち早く開発したことで話題になったModerna社です。2010年に設立されたスタートアップ企業であるModerna社の偉業とも言える成果をあげた創薬研究・開発。そこには「mRNA」と「デジタル」という2つのポイントがあります。

mRNAとは遺伝子の持つ情報をコピーしてタンパク質を作る設計図の機能を果たす分子のこと。Moderna社はあらゆる薬やワクチンを、mRNAを使って開発する「mRNAプラットフォーム戦略」を採用しています。

原材料が同じで塩基の配列を変えるだけで作れるmRNAは、多様な医薬品の開発に応用でき、開発手法のデジタル化も容易。そのため、開発期間の短縮や開発コストの削減が可能です。

mRNAの開発手法は新型コロナワクチン以外にも広がりつつあり、2028年~2035年には市場が230億ドルに拡大することが見込まれています。

そしてModerna社のmRNAプラットフォーム戦略を支えたのがDXです。同社は製薬企業でありながらデジタルネイティブなテクノロジー企業のように組織運営をしており、独自のデジタル戦略として最先端のインフラ環境に投資をしています。

業務全般をデジタルシフトするため、社内のデータをすべてクラウド上の基盤へ移行し、統合。また、それらのデジタル環境をベースに自動化やロボティクス導入を推し進め、人の手を介さずに実験・試験をできる環境を整備しました。ここから得られる大量のデータと正確な解析に基づき、高速でPDCAサイクルを回すことでmRNAプラットフォームを実現しているのです。

多くの製薬企業が抱える開発期間・コスト、創薬標的の模索などのさまざまな課題を「mRNA」と「デジタル」で解決した同社のモデルは、これからの製薬企業のあり方を考えるにあたって大いに参考になるのではないでしょうか。

NTTデータが考える創薬DXの未来像

ご紹介したのは創薬DXの先進事例であるとともに、DXすべき領域のごく一部です。創薬ターゲットの選定、化合物スクリーニング・合成、非臨床試験など、創薬の一連のプロセスではさまざまなDXの余地が残されています。

「創薬標的特定・標的検証」のフェーズでは、論文・特許などの外部情報と社内データを調査して、解析や探索に取り組みます。これまで人手で点在する膨大な数のデータから探していた作業は、統合されたデータから自動で網羅的に調査・探索できるようになるでしょう。

「化合物スクリーニング」のフェーズでは、データ基盤上で候補化合物の探索からスクリーニング、化合物シミュレーションまでをシームレスに実行できるようになります。

「創薬化学」のフェーズでは、研究所全体がIoT化することで、実験データをデジタル上で可視化・蓄積できるようになるほか、「薬効薬理・安全性動態」のフェーズでは実験途中でのAIによる結果予約やシミュレーションが可能になるでしょう。

これらの流れを踏まえたNTTデータが考える創薬研究プロセスの未来像。それはデジタル化による創薬研究サイクルの超高速化です。データドリブンなPDCAサイクルによって、業務プロセスと実験プロセスを継続的に改善していく自律的なシステム。これこそが創薬の未来のあるべき姿だと考えます。

その鍵を握るのは、データを収集してデジタル上に現実世界そっくりの世界を再現するデジタルツインです。デジタツインの世界では、仮想の実験設備が休みなく稼働して、そこから得られるデータに基づいて絶え間ない改善が可能です。

これらが実現することで、これまでにないスピードで画期的な新薬を生み出すことができるようになるでしょう。

NTTデータの考える未来の創薬研究のあり方に関するレポートはこちら
go.nttdata.com/l/547422/2023-06-08/8vznlc

NTTデータが提案する創薬DXの2つの変革ポイント

創薬DXをサポートするNTTデータでは、大きく2つの変革ポイントが重要と考えています。

最初のプロセスになる創薬ターゲットの選定では、調査分析の高度化が必要になります。タンパク質等の働きのどの部分を抑えたら病気の改善につながるのか、仮説の構築と検証に必要な高品質なデータが求められます。AI等で大量のデータから短時間で筋の良い情報を得られるようにサポートすることが必要になるでしょう。

NTTデータが提供する文書読解AIのLITRONは、ChatGPTに代表される大規模言語モデルと組み合わせることで、社内の研究結果などの文書群を検索し、チャット形式で根拠ある回答を得ることができます。また、少量のデータで学習を行い、人間では読み切れない大量のインプット文書から文脈を踏まえた情報を表形式で抽出することができ、読解結果を用いることで予測や分類などさまざまな分析が可能になります。
さまざまな文書に対応できるため、ターゲット探索以外のプロセスにも応用できるソリューションです。

また、創薬実験のプロセスでは実験の再現性を担保することが重要です。実験の再現性が低いと望んだ結果が得られずに実験のやり直しが増加するほか、結果の信頼性も担保できなくなってしまいます。

そこでまず必要なのが、実験記録をデジタル化して分析・活用すること。カメラやセンサーで研究員の作業を自動で記録・可視化することで、実験動作を定量的に分析することができるようになります。また、ラボ内に各種センサーを配置して温度・湿度・気圧・空気中の微粒子量などの実験環境データを蓄積することで、ラボ環境がどのように実験に影響を与えているかも分析できます。NTTデータではまさにこのような取り組みを進めています。

さらに先の未来では、実験の場をバーチャル空間に移行するデジタルツインの取り組みも考えられます。リアルなラボで実験を行うのは最終での確認だけ。それまではバーチャルの世界で実験を繰り返すといった創薬のプロセスがスタンダードになっていくかもしれません。

そして、どのような取り組みを行うにせよ、製薬企業がDXしていくためには、従来の創薬の過程をデータ化して、分析・活用をしていくことが必須です。

NTTデータが提供する「データ基盤 for Pharma」のような創薬プロセスを統合的に管理できるデータプラットフォーム、そして分析・活用を提案できるデータプロフェッショナルがきっとお役に立てるのではないでしょうか。

私たちはこれまで培ってきたデジタルテクノロジーのノウハウと経験。これらを駆使して、お客さまと共に製薬業界の新しい創薬プロセスを描きたいと考えています。

NTTデータの考える未来の創薬研究のあり方に関するレポートはこちら
go.nttdata.com/l/547422/2023-06-08/8vznlc

製薬企業のビジネス戦略をテーマにしたイベント「LIFESCIENCE FORUM 2023 Powered by NTTDATA」(2023年7月11日開催)の講演レポートも以下よりダウンロードいただけます。
go.nttdata.com/l/547422/2023-08-31/8w8vh8

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