- 目次
1.前編のおさらい
ステーブルコインは、特定の資産や通貨に連動(ペッグ)して価値を安定させるよう設計されています。
安全資産への交換手段や、迅速かつ低コストな送金手段、スマートコントラクトの機能性といった点で利用意義が認められ、近年利用が拡大しています。
日本と海外で定義に違いはありますが、本稿では、ステーブルコインを「暗号資産」のひとつとして表現すると同時に、ビットコインなどの価値が変動する暗号資産を「仮想通貨」と表現しています。
2.ステーブルコインの注目のきっかけと国際的な制度対応
現在世界で発行されている多くのステーブルコインのうち、時価総額上位5銘柄が、ステーブルコイン市場の時価総額合計約18兆円の95%以上を占めています。また時価総額上位5銘柄は、DAIを除くすべてがUSドルに連動(ペッグ)した法定通貨担保型です。
(ステーブルコイン時価総額上位5銘柄/出所 CoinMarketCap 時価総額は、2023年10月現在)
ステーブルコインが世界的に注目されるようになったきっかけは、2019年6月にFacebook(現、Meta)が公表したステーブルコイン、Diem(旧称Libra)構想でした。この構想に対しては、国際金融ルールに属さない民間発行の通貨に相当する決済機能を、世界的に影響力のあるFacebookが展開するという点で、先進国を中心に不正犯罪や障害時の経済影響等について懸念が広がりました。結果、同年10月に実施されたG20(財務大臣・中央銀行総裁会議)において、Diemを含むステーブルコインについて厳格な規制を導入する方針が発表されました。
その後、さまざまな法規制やルールが国際的に協議される中で、Diem構想は2022年1月にプロジェクトが解散されました。一方で業界は、Diemの解散によって縮小、低迷することなく、今日までさまざまなステーブルコインの発行によって成長してきました。仮想通貨の資産価値を確定させるため、法定通貨への交換に代わる方法として、すべてブロックチェーン上で運用が完結するステーブルコインが利用されるようになり、需要が拡大したのです。
このように、規制、監督体制に関する整備の完了を待たず、ステーブルコイン市場は成長を続けてきました。では、主要国、地域の金融産業は、成長するステーブルコインに対してどのように取り組んでいるのでしょうか。ここではアメリカ、EUの業界の動きをご紹介します。
アメリカ
アメリカでは、2021年11月に政府および関連機関から「ステーブルコインに関する報告書」が公表された後、2023年7月には「ステーブルコイン決済の明確性に関する法律」をはじめとするステーブルコインやブロックチェーンに関する法案が複数可決(※1)されるなど、徐々に法整備を整えています。2022年5月に発生した、Terra USDの崩壊により市場からおよそ7兆円規模の資産価値が消失した事件(後述)の再発を防止するためにも、早急に健全な市場に対する規制や監督体制の確立をめざしているようです。
現在最もペッグされている法定通貨の発行国であり、最も活発にブロックチェーンやDeFi(※2)などのビジネスに関与する人材が多く集まるこの国について、引き続き法整備や事業者への対応等は内外から注目され続けるでしょう。
EU
ヨーロッパでは、2020年9月に欧州委員会(EU)から「暗号資産市場規制案」が公表されました。この規制案では、ステーブルコインが以下の2種類に分類定義され、さまざまな規制などを課す方針が示されています。
- (1)複数の法定通貨やコモディティ、暗号資産などを裏付けに発行される「資産参照型トークン」
- (2)ひとつの法定通貨を裏付けに発行される「電子マネートークン」
またEUは、暗号資産に関する包括的規制案「MiCA(Market in Crypto Assets)」を制定する方針を2020年9月に発表、2023年6月に承認しました。MiCAはステーブルコインを含む暗号資産全般のライセンス制度、資金の保全や情報開示義務といった消費者保護要件について定めており、ステーブルコインに関する規定は2024年7月の発効を予定しています。
MiCAの承認と同時に、仮想通貨サービスプロバイダーが資金送金の際、顧客の身元確認を義務付けるマネーロンダリング防止法も承認されました。このように、EU圏内でもステーブルコイン流通の健全性を法定通貨と同じように確保すべく、監視体制の実現に向け環境を整えようとしている様子がうかがえます。
下院金融サービス委員会において。
Decentralized Finance:ブロックチェーン技術を基盤とした分散型金融サービス。
3.日本におけるステーブルコインの制度対応
海外でのステーブルコインに対する規制、監督体制の強化に向けた動きに並行して、日本でも金融庁を中心に同様の取り組みが進められてきました。
2022年1月に金融審議会から公表された「資金決済ワーキング・グループ報告」では、ステーブルコインについて、以下の2分類に整理の上、(1)の規制のありかたに集中して定義がまとめられました。
- (1)法定通貨と連動した価格で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(デジタルマネー類似型)
- (2)それ以外(アルゴリズムで価値の安定を試みるもの等、暗号資産型)
この定義は2022年6月に公布、2023年6月に施行された改正資金決済法に引き継がれています。同法では、デジタルマネー類似型ステーブルコインを電子決済手段として定義の上、電子決済手段を発行、償還する行為は為替取引に該当するとして、銀行または資金移動業の登録事業者がステーブルコインを発行できると定めました。
また、ブロックチェーンに参加していない顧客に代わってステーブルコインへの交換や送金、ステーブルコインから法定通貨への償還、または異なるステーブルコインへの交換を行うサービスを提供する場合、金銭信託を用いる電子決済手段(特定信託受益権)となり、為替取引に該当するとして、新たに信託会社もステーブルコインを発行できることになりました。
なおこの金銭を預託する行為は、自己の固有財産と区分して管理する必要があるため、ステーブルコインの売買等を仲介者としてサービスを提供する、電子決済手段等取引事業者の立場では禁止されています。そのほかにも電子決済手段等取引業者には、利用者保護に関する措置やマネーロンダリング防止対策を目的として、さまざまな規制が課されています。
図:電子決済手段等への制度的対応
出所:金融庁「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律などの一部を改正する法律案 説明資料」(2022年3月)
4.日本におけるステーブルコイン発行の動き
2023年6月の改正資金決済法施行によって、日本でも正式にステーブルコインが発行できるようになりました。現在さまざまな企業が、この新しい金融サービス市場への参入について検討や準備を行っています。ここでは、公表されている事例をご紹介します。
Progmat
Progmatは三菱UFJ信託銀行が開発中のデジタルアセット・プラットフォームです。Progmatを活用したステーブルコイン発行が計画されていますが、これは単純に日本円に連動(ペッグ)するステーブルコイン発行をめざすものではありません。ここで検討されているのは、貿易金融の用途や海外のステーブルコインと連動した信託サービスなどの実現です。そのために関連する金融機関を連携する媒介として、Progmatのステーブルコインが活用されるビジネスモデルが考えられています。
この思想に基づき、2022年12月には、三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行、三井住友信託銀行、三井住友フィナンシャルグループ、SBI PTSホールディングス、JPX総研、NTTデータとの間でコンソーシアムを結成し、実現に向けた開発を進めています(※3)。
また、2023年9月には、Binance Japanとの間で、Progmatを活用した日本円、USドルとペッグする新たなステーブルコインの発行に向けた共同検討を開始したとの発表がありました。この提携において、Binance Japanは改正資金決済法における仲介者としての役割を担うことが想定されています。
金融機関におけるステーブルコイン発行、実証実験
2023年3月、みんなの銀行、東京きらぼしフィナンシャルグループ、四国銀行は、共同で改正資金決済法に準拠するモデルでステーブルコイン発行に向けた実証実験を行うことを発表しました。開発されるステーブルコインは企業間送金や一般生活者の利用を想定したものです。
また、2023年9月には、オリックス銀行がステーブルコインの発行に向けた実証実験開始を発表。オリックス銀行は、実証実験を通じて、信託機能の提供について検討をめざしています。ステーブルコインは、スマートコントラクトを用いた信託機能を付与して取引ができるという点や、1回当たりの送金額の制限なく取引ができるため、大規模なB2B取引に向いているというメリットがあります。同行は、これらを最大限生かして、効率的かつ自由な取引環境を提供することを考えているものと思われます。
5.ステーブルコインの課題
このようにステーブルコインは、一定の価値の維持を目的として設計されるため、安全性が高く、正確で透明性が高いデジタル金融システムであると考えられるでしょう。しかし、その価値は絶対であるとは言いきれないリスクが必ず残ります。
たとえば、ステーブルコインを発行する事業者の経営悪化や、価値保証体制の不備が露呈した場合、価値保証システムの仕組みに誤ったプログラムが投入された場合、あるいは外部の急激な市場環境変化や悪意ある攻撃などがステークホルダーに相当の混乱を与えた場合は、その価値が急変する可能性が極めて高くなります。
実際、2022年5月に発生した、ステーブルコインTerra USDの暴落は、大量の引き出しによってペッグが破綻(ディペッグ)したことがきっかけとして発生しました。Terra USDは無担保型(シニョレッジ・シェア型)のステーブルコインで、Anchorというレンディングサービスに預けることにより利回りを得ることができるDeFiの仕組みと深く関係していたなど、必ずしも絶対的な安定性を考慮したサービス設計になっていなかったことも影響していたと一部では指摘されています。
この事件から、発行者がどのような目的用途でステーブルコインを発行しているのか、安定性はどのように確保されているのか、などを第三の公平な目で監督する体制が重要であるという声も上がりました。特に無担保型のステーブルコインは、一般の消費者やユーザーがすべてを理解、把握することが難しい仕組みです。そのためステーブルコイン発行者にとっても、どのように安全性や安定性を告知することで市場の信用を獲得するべきかについては、とても重大な課題です。
またステーブルコインのビジネスやサービスの仕組みについては前例がなく、現行の法制度やシステム、商慣習などの仕組みでは十分対応しきれない部分が存在しています。ゆえに、Terra USDのような重大な事件が発生する前に対策を講じることが必要です。
特にブロックチェーンというボーダーレスかつ自由な市場環境においては、マネーロンダリングやテロ資金供与を目的とした不正取引や、悪意のあるサイバー攻撃や情報漏洩、さらに人為的ミスによる重大な障害などに対する監視や防止対策について、今後も継続して検討、議論が必要です。
その一方で、完全な制度や体制の確立を待たずして、利便性やメリットをいち早く活用することで事業の拡大を図ろうと、フィンテック企業だけでなくPayPalなどグローバル企業がステーブルコインを一般市場で発行していることも事実です。
ステーブルコインの利活用を検討する場合は、慎重に対策を検討することも重要ですが、常に最新の業界動向を学びながら、過剰に警戒してビジネス機会を失うことなく、柔軟性とスピード感をもって取り組むといった現実的な姿勢が今後求められることになるでしょう。
6.ステーブルコインが有する可能性とは
ステーブルコインに関する取り組みは、進展を続けています。日本におけるステーブルコインの活用はまだまだこれからという状況ですが、コロナ禍での急速なキャッシュレス決済の普及やデジタル給与払いの解禁など、デジタル通貨を受け入れて活用するための素地は、すでに整いつつあります。
これまでご紹介してきたとおり、ステーブルコインは、価値を安定的に維持しながら迅速で低コストなデジタル決済を可能にするという点が特徴です。そのため日本においては、まずは個人間(CtoC)における少額の送金手段としての活用が進むでしょう。ステーブルコインが大衆に広く認知され、利用が進むことにより、消費者の購買動向の把握など、ステーブルコインの発行体が享受するメリットも増大することになります。
ステーブルコインの活用は個人間(CtoC)だけにとどまりません。企業間(BtoB)の決済取引など、ビジネス用途への活用にも注目すべきです。本稿の最後に、NTT DATAが考えるビジネス用途への活用案の一部をご紹介します。
サプライチェーンマネジメントの高度化
流通サプライチェーンにおいては、商取引の効率化・高度化をめざして、発注書や請求書などのさまざまな帳票を企業間で電子的にやりとりする、EDI(電子データ交換)が普及しています。しかし、大小さまざまな企業が関わり、多様な発注形態が混在するサプライチェーンの特性上、人手による手間も少なからず残っている状況です。そこで、個々の決済情報をブロックチェーン上に電子的に記録する仕組みの導入とステーブルコインの活用によって、突合の手間の削減や、違算発生防止につながる効果が期待できます。また、そのサプライチェーンにおける金流を一気通貫で可視化できるため、超上流のサプライヤーの資金繰り悪化などのサプライヤーリスクの検知も可能であり、サプライチェーンマネジメントの高度化にも活用できます。
現金ハンドリングコストの低減
現在、多くの企業が取引先との決済手段として銀行振り込みや請求書払いを導入しています。しかし、銀行振り込みや請求書払いは都度の振り込みが必要であり、振込手数料や手形の印紙代といった諸費用がかかる上、毎回の振り込み作業に手間がかかる場合もあります。現金に替わる決済手段としてステーブルコインを活用することで、このような現金関連のハンドリングコストを低減できる可能性があります。
発行体における余資運用
法定通貨担保型のステーブルコインを考える場合、ステーブルコインの発行体は顧客資金の保全の裏付けとなる十分な資産を保有する必要があります。最後にご紹介するのは、この発行原資として集めた現金をただそのまま保有するのではなく、有効活用するというアイデアです。ステーブルコインの裏付け資産は現金だけでなく国債や地方債などの安全資産で代用することも可能です。「集めた現金を安全資産で運用し、金利収入を得る」というビジネスモデルも実現可能ではないでしょうか。先ほどご紹介した「現金ハンドリングコストの低減」によって余剰資金が生まれますので、こちらも併せて余資運用に回せば、さらなる金利収入が期待できるでしょう。
ステーブルコインは、その用途についてさまざまな可能性を秘めています。今回ご紹介した事例に限らず、お金の流れを可視化し、データを活用することで、新しいビジネスの創出や、既存ビジネスの改善、業務管理、計算能率の向上などの効果を期待することができます。
企業においては、今後ステーブルコインという新しいデジタル通貨について研究を進めて真の価値をしっかりと見定め、自社のビジネスにうまく活用していくことが重要になっていくのではないでしょうか。
NTT DATAの金融業界での取り組み詳細はこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/industries/finance/
NTT DATAのブロックチェーンに関する取り組み詳細はこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/blockchain/
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前編はこちら:ステーブルコインの現状と、これからの可能性(前編)