災害の複合化、激甚化の一方、技術や情報の伝え方が進化
気象予報士/気象キャスター
ヒンメル・コンサルティング 代表
斉田 季実治 氏
“災害大国”ともいわれる日本。災害の複合化や激甚化が指摘される一方で、災害対策の高度化も進められている。例えば、防災気象情報の精度は高まっており、近年では交通機関において計画運休が実施されるなどの対策が社会的に実施されている。
気象予報士/気象キャスターで多様な防災活動に携わる斉田季実治氏は「台風進路予報を例にすると、予報精度はこの数十年で大きく向上しました。1980年代の1日後の誤差と、最近の4日後の誤差はほぼ同じレベルです」と話す。予測精度だけでなく防災関連の技術は各方面で進化しているという。気象庁の災害などに関する情報の伝え方も同様だ。
例えば、危険度分布を示す「キキクル」は、洪水や浸水、土砂災害などのリスクをWebサイトでも分かりやすく提供している。「以前、大雨については雨量情報を主に提供していました。今では、災害ごとの情報として生活者の目線で捉えやすいように分かりやすく翻訳した形で伝えています」と斉田氏。同じ雨量でも場所によって浸水することもあれば、そうでないこともある。それらを具体的かつ身近にイメージできる工夫がなされている。
さらに斉田氏は近年注目の集まる宇宙天気についても、今後生活者にも身近なものとなるだろうと話す。
「太陽活動は、太陽フレアによるX線放射や高エネルギー粒子などを通じて地球にも影響を及ぼします。宇宙飛行士の被ばくや人工衛星のトラブルだけでなく、航空機の航路変更が必要になることもある。送電施設のトラブル、GPSなどの測位誤差などにもつながります。国連防災機関(UNDRR)は2020年、宇宙天気のもたらす諸問題を『災害(ハザード)』と定義しました」(斉田氏)
総務省では「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」が立ち上げられ、斉田氏も参画している。現在でも、宇宙天気予報のWebサイトがあり、誰でも見られる状態だ。ただ、それは太陽活動のレベルを示したものでキキクルのように災害情報に「翻訳」したものではない。斉田氏は「宇宙天気も、今後社会への影響が分かるような情報に変えようという動きがあります」と言葉を続ける。
多様な情報を状況に応じてパーソナライズして届ける
斉田氏は気象キャスターとして日々、「いかに伝えるか」を工夫している、と話す。いくら有用な情報を発信しても受け手に伝わらなければ意味がないからだ。同じ課題を感じているのがNTTデータ 防災・レジリエンス推進担当 課長の阿部暁である。阿部は災害対応における社会課題を次のように指摘する。
NTTデータ
社会DX推進室
防災・レジリエンス推進担当
阿部 暁
「個人のライフスタイルは多様化し、家族や地域社会に対する価値観も変化しています。また、『自分は大丈夫』という正常化バイアスにより、せっかくの情報が自分事化されない場合も多い。一方、災害情報の個別最適化が進み、社会全体にとって最適化されていないケースもあります。場所や時間などの状況によって、防災サービスの格差もある。さらに、平時システムと防災システムの分断という課題もあります」
気象や水位、潮位などの自然現象は、社会活動との関係の中で多種多様な災害を引き起こす。例えば、大都市部で起きた豪雨と山間部などで起きた同じ現象では災害としての性質や規模、その対処が大きく異なるだろう。「自然現象のみを捉えるのではなく、インフラ状況、人やモノの流れなどの相互依存性を踏まえて、災害リスクを理解する必要があります。その上で、いかに人の行動につながる形で情報を提供するのか。それが重要な課題です」と阿部は語る。
こうした課題意識の中で生まれたのが、NTTデータのデジタル防災プラットフォーム「D-Resilio」である。気象情報や衛星画像情報、SNSなど多岐にわたる情報がD-Resilioに集約され、これを自治体、医療機関、企業、市民など受け手のニーズに応じて整理した形で提供する。情報と情報、情報と人や企業などを「つなぐ」ことで、D-Resilioは新たな価値を創出するという。2024年1月に発災した能登半島地震においてもD-Resilioは刻々と変化する現地状況を把握できている。
図1:各種の画像掛け合わせで見る被災状況
「例えば、道路通行実績情報と衛星画像を組み合わせれば、寸断された道路状況やその影響を迅速に把握することが可能です。加えて、携帯通信ネットワークの状態がどのように変化しているかを確認して組み合わせる。被災地状況を複層的に捉えることで有効な対策につながります」と阿部。そして、災害に関わる様々な情報を、市民が自分事と感じられるよう、一人ひとりに対して「今、必要なこと」を届けることが重要と強調する。キーワードは「パーソナライズ」だ。
「D-Resilioでのパーソナライズについて、今後はこの方向を一層強化する必要があると考えています。場合によっては、生成AIなどの活用も有効でしょう。それにより、個人の置かれた状況に応じて複数の情報を掛け合わせ、災害リスクの通知や避難ルートを提供するなど、アクションにつながる情報提供の機能を充実させたいと考えています」(阿部)
もう1つのキーワードとして阿部は「フェーズフリー」を挙げる。これは、平時と災害時のフェーズを画然と分けるのではなく、日常生活の中に防災要素を取り込むという発想だ。「いつ起こるか分からない災害に対して、日常から備えておくことが何よりも重要。今後は、日常と防災対応がシームレスにつながるようなソリューションを目指しています」と阿部。私たちの平時における防災への向き合い方も、今進化が求められている。
図2:防災対応が日常生活の一部になる「フェーズフリー」
メディアの特性を理解し、うまく組み合わせて伝える
阿部は斉田氏に、「災害情報が複雑化する中で、伝え方は難しくなっていると思います。生活者目線での伝え方を、どのように工夫していますか」と質問。斉田氏は能登半島地震の際、NHKのアナウンサーが「逃げてください」と強い口調で伝えた例を挙げ、次のように話した。
「実際の行動につながることが重要です。ただ、メディアの呼びかけがきっかけで避難行動をとる人は必ずしも多くない、ともいわれます。そこで、NHKでは近年、生活者自身のネットワークに働きかける情報発信を行っています。例えば、九州に台風が近づいているとしましょう。そのとき、関東ローカルの番組で、『九州に知人や親戚がいる方は、この台風が危険だと伝えてください』とのメッセージを送ります。知り合いからの情報であれば、行動につながりやすいと思います」
デジタル情報とアナログの人間関係をうまく組み合わせて、効果的な防災対策につなげる。見落としがちだが重要な視点だ。
今や情報発信に欠かせないメディアの1つとなったSNSはデマ情報の拡散などを生む一方で、うまく活用すれば防災を支える有用な情報にもなる。実際、D-ResilioにはSNS情報も取り込まれている。こうした環境変化に対応する情報発信を斉田氏は心掛けているという。
「『何から防災情報を得ていますか』と聞くと、以前はテレビが一番でした。その後、ネットから情報を得る人が急速に増えました。重要なのはメディア特性を理解し、うまく組み合わせて具体的な行動としてイメージしやすく伝わるようにすること。私個人の例ですが、台風のときなどは対策を施したベランダの様子を写真に撮って、それをSNSに上げたりします。誰かがこれを見て『自分も』と思ってくれればいい」
こう語る斉田氏。その原動力の1つには、「気象情報は未来を良くするためにある」との思いがあるという。阿部は共感を示しつつ、「様々なステークホルダーと連携して知識を高めつつ、技術と掛け合わせることで一人ひとりの安全安心につながる情報やサービスを、できるだけ多くの方々に届けたいと考えています」と展望を話す。そのために、D-Resilioの機能拡充を続けていく。
本記事は、2024年1月26日に開催されたNTT DATA Foresight Day2024での講演をもとに構成しています。
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