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従来の銀行の開発スピードでは、競争力を維持できない
近年、テック企業が新たに金融サービスに参入するケースが増えている。フィンテック企業が台頭する中で、従来から金融サービスを提供してきた銀行においても既存サービスだけでは今後生き残りが難しくなると考えられており、ビジネスモデルの変革が急務となっている。
こうした中、三井住友トラスト・ホールディングスでは、従来の銀行の枠組みを超えてDXを推進するため、2021年4月にデジタル戦略子会社としてTrust Base株式会社を設立した。現在では三井住友信託銀行のデジタル企画部から社員60名ほどが出向し、銀行から切り離した独立した環境で、銀行内部のシステム開発環境では実現が難しいチャレンジングな取り組みをスピーディーに推進。銀行本体に向けた新規事業開発やDXコンサルティングを行っている。
Trust Base 取締役 CEOの田中聡氏は同社が設立された背景を次のように語る。
Trust Base株式会社 取締役CEO
田中 聡 氏
「銀行は社会インフラとして堅牢なシステムが求められるため、新しいテクノロジーをスピーディーに試すことが難しい状況にあります。アイデアが出ても実際に開発に着手できるのは1年後というケースもあります。また、予算とリソースの大部分が保守運用に使われるため、新しいチャレンジに取り組む環境も十分ではありません。近年は他業界からフィンテックに参入する企業が増えているため、従来の銀行のシステム開発の進め方では大きく遅れを取ってしまいます。そこで、銀行本体のルールに縛られることなくスピーディーに意思決定を行い、新サービスの企画や開発を柔軟に進めていくために設立したのがTrust Baseです」(田中氏)
新しいテクノロジーが次々と生まれ、生活者のニーズが変化していく中で、競争力を持ち続けるためには銀行DXが不可欠。Trust Baseは銀行の既存システムやルールに影響を及ぼさずにR&Dに取り組める、グループ内の「DX特区」のような場となっているのだ。
グループのDXを牽引する存在であるTrust Baseでは、大きく4つの事業領域を展開している。
1つ目は、既存技術を用いた業務オペレーションの効率化。2つ目は、信託銀行ならではのデータを活用した既存事業の改良。3つ目が既存資産から新規事業を開発する取り組み。そして、4つ目が新しい技術を用いて、将来に向けた成長領域の確立をめざす取り組みだ。
「RPAやOCRのような、これまで人間が行っていた仕事を機械に代わってもらい業務を効率化するようなものからはじまり、データを活用することでビジネスがスケールする可能性があるものまで。例えば、データを活用することで相続の手続きをスムーズに行えるような仕組みなども考えられます。さらには量子コンピュータやブロックチェーンなど、将来のために中長期的に開発に取り組むべきテーマもあります」(田中氏)
アジリティの高い環境をフルクラウドで実現するために
NTTデータはTrust Base設立の準備段階から参画。三井住友トラスト・ホールディングスと共に「銀行DXを推進するためにはどういう組織や環境をつくらなければならないのか」といった議論を行い、NTTデータがこれまでに支援してきた金融機関のDX事例を紹介する勉強会を開催した。
会社設立後、まずTrust BaseはDXを迅速かつ柔軟に進めるための環境の構築に着手。NTTデータは金融業界における豊富な実績から、改めて正式なパートナーの一社となった。
田中氏は、「アジリティの高い環境をフルクラウドサービスで実現するというTrust Baseの想いに向き合っていただき、『しっかりと攻めた環境をつくろう』と言ってくれた。NTTデータさんなら、パートナーとして一緒にやっていけると確信しました」と語る。
プロジェクトを担当し、金融イノベーション本部でさまざまな金融業界のDXに携わってきた的場勝俊は次のように話す。
金融イノベーション本部 グローバルカスタマーサクセス室 カスタマーDX統括部 カスタマーコンサル担当 部長
的場 勝俊
「お客様のDXやビジネス変革にしっかりと伴走していくことが我々の組織の方針です。新しい未来をつくろうとするTrust Base様のDX戦略策定からご支援することは、我々にとっても大きなチャレンジでした」(的場)
NTTデータは、「アジリティの高い環境をフルクラウドサービスで実現する」というTrust Baseの要望を実現するため、独自のAWS環境構築やマーケット部門向け分析環境の構築を実施。必要に応じてNTTデータ内の専門部署から人材を派遣し、総力を挙げて取り組んだ。
擬似環境でクイックにプログラムを検証できるサンドボックス環境を構築するために、クラウド環境に詳しいデジタルテクノロジーディレクター®(※)の鈴木智也ら4人のメンバーがプロジェクトに参加。現在は本番環境構築に向けて、Trust Baseのエンジニアだけでなく銀行職員が活用することも想定したルールやガイドラインの整備を進めている。鈴木は次のように話す。
テクノロジーコンサルティング事業本部 デジタルテクノロジー推進室 課長代理
鈴木 智也
「私たちはデジタルテクノロジーディレクター®として、お客様企業のDX推進をサポートさせていただいております。これまでもさまざまな金融機関向けに伴走型で組織のご支援をさせていただいております。
Trust Base様では将来的にはマルチクラウドで活用したいと伺っており、AWSに加えGCPの環境構築にも取り組んでいます。今後はAzureの環境整備も支援させてもらいたいと考えています。また、DXを推進するためには社内にノウハウを蓄積していくことも重要です。銀行職員やTrust Base様が気軽にクラウド技術に触れるサンドボックス環境の構築のほか、NTTデータでは社員の研修サポートなどを提供し、Trust Base様に新しいエンジニアリング文化をつくっていくお手伝いも行っています。
デジタルテクノロジーディレクター®として技術面はもちろん、他の金融機関や他業種のお客様のご支援事例や知見をもとにTrust Base様が今後DX推進を進めるうえで起こり得る課題や組織運営などについてもTrust Base様の立場で考え、先回りでご提案させていただいています」(鈴木)
ビジョンを共有し、ワンチームとなって進めていく
こうした多方面でのスムーズな支援を可能にしているのが、従来のクライアント企業とベンダー企業といった垣根を越えた、ワンチームでのプロジェクト推進体制だ。
また、実際にサービスを利用するユーザになる銀行側とも初期の頃から丁寧なコミュニケーションを取り、ニーズをヒアリングすることで、NTTデータが持つ技術を最大限提供できる体制になっている。
「お客様の要件通りに開発するという昔ながらの体制ではなく、ビジョンや方向性の検討から当社も一緒に議論し、共有したうえで必要な開発を進めていることが本プロジェクトの特徴です。経営層を含むTrust Base側や銀行側と密にコミュニケーションを取りながら、しっかりとビジネスの目的、経営課題、目指すビジョンを共有し、咀嚼したうえで、テーマごとに当社の専門組織を巻き込んで推進しています」(的場)
Trust BaseとNTTデータでは「デイリースクラム」と呼ぶ日次のミーティングを実施。プロジェクトの進捗を共有し、随時意見を言い合う環境が整っている。ワンチームで取り組むことのメリットについて、クライアント側の視点から田中氏は次のように述べた。
「委託受託関係では、委託する側は途中で仕様を変更しにくいですし、受託側も仕様に疑問があっても言いにくい。結果的に検討期間が長くなったり、納得感のないサービスになってしまったりすることもあります。リスクを抑えながら品質を向上していくためにも、我々は共通の目的に対して一緒に走っていく関係を重視しています。『この指示をもらったけれど、別な方法がいいのでは』というように、NTTデータさんからも本音で言っていただける環境があることで、生産性も向上しますし、理想の実現により近づけることを実感しています」(田中氏)
またクラウド環境構築のほか、一部には新たな付加価値を生み出すためのアプリケーション開発に着手しているプロジェクトもある。現在推進しているプロジェクトの1つが、有価証券報告書等の開示システム「EDINET」の情報をTrust Baseで収集して銀行各ユーザ部へ配信するアプリの開発。的場は「これまで各ユーザ部がバラバラに情報を集めていたものを自動で収集、配信できるようにすることで、業務の効率化を目指しました。今後は例えば自然言語処理技術を活用し、ユーザの手作業を更に効率化する、又は新たなインサイトを得る、といったビジネス価値向上を常に意識したアプリ開発に取り組んでいきたい」と話す。
このほか、銀行のマーケット事業部に向けて、株式や金融情報をはじめとした市場データを自動収集し、加工して分析するサービスの構築にも取り組んでいる。今後は三井住友信託銀行をはじめとする三井住友トラスト・ホールディングス内だけでなく、SaaSとして地方銀行様への展開も想定。共創ビジネスとして推進していく考えだ。
データファブリック環境を整備し、データドリブン経営を推進
こうしたサービス開発に取り組む中で、銀行内におけるTrust Baseの存在感も大きくなってきている。田中氏は、「銀行内部の制限された環境下で新しい仕組みやサービスを導入しようとすると時間がかかりますが、Trust Baseではクイックに開発して実績をつくっていくことができます。それが銀行内部に少しずつ認知されるようになり、『こういうことできる?』と相談されることが増えました」と手応えを感じているという。
今後、Trust Baseではデータファブリック環境の整備に力を入れていく考えだ。
「銀行内にあるさまざまなデータを連携させて事業に活かしていくとともに、ガバナンスの遵守に関わるようなデータはしっかりと守る。安心してデータを収集、蓄積、加工ができるデータファブリック環境を構築し、新規事業の創出につなげていきたいと考えています」(田中氏)
こうしたTrust Baseの展望に対して的場は、「NTTデータではデータファブリック環境の計画策定からデータ連携、データマネジメント、運用、その後のビジネスユースケースの創発までトータルで支援していきたいと考えています」と力強く語った。
また、鈴木は、「データファブリック環境を整理することで、SaaSを活用したモダンなデータ分析が可能になるほか、データの外部販売や交換を通して新たなインサイトの発見にもつなげることができます」と語った。
「Foresight(フォーサイト)」視点で新しいビジネスを生み出していく
これまでのプロジェクトを振り返って田中氏はNTTデータに対し、「完全に銀行から切り離した環境をつくれたことが良かった。最初の地固めをしっかりできて、頼もしさを感じています」と感想を述べた。DX推進の土台となる環境整備のフェーズから、今後は具体的なビジネスの創発に取り組むフェーズとなっていく。田中氏はどのような展望を描いているのだろうか。
「Trust Baseではフルクラウドで少ない人数で保守運用ができ、変化に強い仕組みを銀行に向けて提案していきます。時代の変化と共にお客様が求める金融サービスは今後も変化していくでしょう。そのたびに新しいシステムをつくるのではなく、将来変化することを前提としたシステムを開発していくことが重要です。また、システムを扱う人も一緒に成長していかなければなりません。当社ではアジリティの高いシステムをつくり、ビジネス創出につなげていくと共に、人材育成にも力を入れていく考えです」(田中氏)
Trust Baseが掲げる理想の実現に向けて、NTTデータでは今後もシステム面のみならず、ビジネス面、組織や体制面、ルール面なども含めて支援していくという。
「我々はお客様の成功に向けて伴走するだけでなく、先導して引っ張っていける存在をめざしています。これまでは土台となるクラウドや仕組みづくりを行ってきました。次年度からは、Trust Base様、三井住友トラスト・ホールディングス様の新中計が開始されます。構築した土台を活用して経営課題の解決やビジネス目的達成を図り、新中計を実現していく初年度として、お客様と共に新たなスタートを切っていきたいと考えています。」(的場)
「今は先が見えない時代で、多くのお客様が課題を感じています。NTTデータではお客様企業の先を見据えて、『Foresight』視点で何を行うべきかを一緒に考え、実行に向けて支援しています。今後もTrust Base様、三井住友トラスト・ホールディングス様の『Foresight』を描き、新しいビジネス価値の創出に取り組んでいきます」(鈴木)