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組織や業界の枠を越えたデータの価値化で、社会変革をめざす
データをいかに価値に変換し、それを社会変革につなげるか――。それは日本社会にとって大きなチャレンジだ。いま、官民問わずさまざまなプレーヤーが取り組みを本格化させようとしている。NTTデータもまた、そのチャレンジの担い手である。NTTデータ 技術革新統括本部 IOWN推進室 室長の吉田英嗣は次のような現状認識を示す。
「データの価値化は、個別の企業内、業界内という限られた範囲では成果が出始めています。今後は組織や業界の枠を超えて、進める必要があるでしょう。それが社会変革にもつながると考えています」
社会全体、広域でのデータ価値化を進めるため、乗り越えるべき課題は少なくない。ICTインフラに着目すると、大量データを高速かつ安全にやりとりする基盤が求められる。そこで、NTTグループが注力しているのが、次世代ICT基盤構想「IOWN」(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)である。「IOWNの研究開発において、3つの主要なテクノロジーがあります」と吉田はいう。
図1:IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の全体像
IOWNは次世代の通信・コンピューティングインフラ。社会を構成する膨大なデータを高速かつ安全につなぎ、新しい価値を創出する技術構想である。いま、IOWNの3つのコア技術について研究開発が進行中だ。
第1に、NTTグループが得意とする光の技術を生かして、超低消費電力、超低遅延、超大容量・高品質のネットワークを実現するオールフォトニクスネットワーク。第2に、広域に散在するデータをあたかも1カ所にあるように扱うことができ、かつ、膨大なデータをセキュアに処理する次世代データハブ。第3に、デジタルツインコンピューティング。単一のデジタルツインではなく、複数の多様なデジタルツインを融合する技術である。
NTTデータがIOWNの中でもっとも重要視しているのは、デジタルツインコンピューティングだという。企業や業界ごと、あるいは領域ごとに立ち上がったデジタルツインを統合することで、社会全体でのデータの価値化が推進される。たとえば、自治体や交通機関が運用する複数のデジタルツインを融合すれば、人の流れをリアルタイムで把握し、人びとに最適な移動手段をレコメンドできるだろう。あるいは、病院などの医療機関が蓄積したデータを統合・分析し、個人に対してパーソナライズされた予測、検診のレコメンドなどを届けられるかもしれない。人びとの健康寿命が延びれば、それは本人だけでなく、社会全体にとっての価値でもある。
ロケーションビッグデータを活用して地域活性化を図る
「さまざまなデジタルツイン、さまざまなデータを組み合わせることで、社会全体のDX、『ソサエティDX』は加速します。それはNTTグループ、NTTデータだけでできることではありません。そこで、NTTデータは2022年4月、デジタルツイン共創プログラムを開始しました。NTTデータの持つデータや技術アセットを活用し、お客さまやパートナー企業とともに、新しいサービスを共創するオープンイノベーションの取り組みです」(吉田)
図2:デジタルツイン共創プログラム
NTTデータはお客さま企業、パートナー企業とともにデジタルツインによる新たな価値創造をめざしている。製造業における生産ラインの自動化機器導入効果の推定および作業動線などの確認、小売業における地域生活者の生活動線の可視化など、デジタルツインは幅広い領域で期待が高まっている。
デジタルツイン共創プログラムには、スタートアップを含め多くの企業が参加している。ここで紹介するのは位置情報ビッグデータ活用で実績のあるナイトレイ、ヘルスケア領域で新サービスを創出するアクシオンリサーチである。
「街を行き来する人びとやクルマ、さまざまなセンシング機器などからロケーションビッグデータを集めて解析し、CITY INSIGHTというサービスを用いて地域の状態を読み解く。それがナイトレイの事業です。2015年に開始したインバウンド旅行者の動きを可視化、活用するためのサービスをきっかけにビジネスを拡大しています」と語るのは、ナイトレイ代表取締役の石川豊氏である。インバウンド観光という領域に限らず、地域の活性化や課題解決に向けて、同社のサービスを活用する自治体や企業が増えている。
ナイトレイは通信キャリアや自動車メーカー、クレジットカード会社など幅広い業界の企業と業務連携の関係を構築。多くのデータパートナーから提供されるデータを整理・解析し、データを活用しやすい形にして自治体や企業などの顧客に提供している。
図3:ロケーションビッグデータによる地域活性化支援サービス提供イメージ
ロケーションビッグデータはさまざまな領域で活用されており、ナイトレイが提供するCITY INSIGHTでは観光や地域活性化だけでなく、防災、教育領域でも活用が見込まれている。最近は、スマートシティ領域への展開も始まっている。
たとえば、観光領域への適用。有名な観光スポットを訪れた人たちが、その前後にどのような場所に足を運んだかを可視化できれば、地域をもっと楽しんでもらうための施策につながるだろう。自治体には観光客だけでなく、住民の日常的な動きを定量的に把握したい、近隣地域からの流入状況を可視化したいといったニーズもありそうだ。
自治体が観光戦略を立案するとき、以前はデータの裏付けがないケースも多かったのではないか。あるいは、小売企業が出店戦略を検討する際にも、十分なデータ収集ができないまま商圏を分析せざるをえない場合もあったと思われる。ロケーションビッグデータは、こうした状況を変えつつある。
健康ビッグデータでヘルスケアの変革をめざす
次に、アクシオンリサーチ。茨城県つくば市に本拠を置く同社は、ヘルスケアの変革をめざして2016年に設立された。「健康を科学する」を掲げて、健康度の可視化、未病の疾病リスク測定などに取り組んでいる。
アクシオンリサーチの製品は大きく3つ。実際のデータの統計的特性を維持しつつ、利用可能なデータを拡大してビッグデータを生成する製品。個人の健康指標を用いて、現在の健康度と将来の疾病リスクを予測する製品。そして、パーソナライズされた健康増進プログラムとQOLアプリを提供するヘルスケアプラットフォームである。
「日本だけでなく、世界的に健康への関心が高まっています。私たちは大学や研究機関の専門家と協力し、ヘルスケアの新しいサービスづくりを進めています。まずは国内が中心ですが、いずれ海外でもサービスを展開したいと考えています」と、アクシオンリサーチ代表取締役の佐藤友美氏は話す。
たとえば、血液データと検診データ、バイタルデータ(脈拍、血圧、体温など)を組み合わせて分析すると、さまざまな疾病リスクとの相関が可視化される。それをもとに、「生活スタイルのどこに問題があるのか」が見えてくるという。
図4:健康ビッグデータと健康Q&Aで過去・現在・未来を可視化
健康度を測定するために設定された指標ごとに、基準範囲かどうかを色で示して可視化。過去と現在、未来の健康度と疾患リスク、健康阻害要因などを示すことで、生活習慣の改善などを促す。
「最近2週間のどんな行動が、健康度の増進に貢献したのか。逆に、リスクを高めたのか。このようなパーソナライズされたアドバイスも可能です」(佐藤氏)
個人に関する多様なデータを大量に収集、分析することで健康度の可視化レベルは高まる。また、予測の精度、パーソナライズされたアドバイスの質も向上するだろう。ヘルスケア領域におけるデジタルツイン、ビッグデータへの期待は高まっている。
データドリブン経営と行政におけるEBPM
株式会社ナイトレイ 代表取締役
石川 豊 氏
現状、日本社会においてデータの価値化はどの程度進んでいるのだろうか。石川氏は手応えを感じているようだ。
「観光だけでなく、広く地域活性化の文脈、あるいはDXの文脈でデータを活用しようという動きが強まっていると実感しています。背景には、データドリブン経営をめざす企業の動きがありますし、行政分野ではEBPM(Evidence Based Policy Making)という言葉が盛んに使われるようになりました」(石川氏)
データに基づいて組織の意思決定を行うという考え方が根付きつつあるようだ。以前は活用可能なデータが少なかったこともあり、経験や勘といったものに頼らざるをえなかった。外部環境が激しく変化する時代、こうした従来型の意思決定が十分機能しなくなった面もあるかもしれない。さまざまな領域で利用可能なデータが提供されるようになったことで、データドリブン経営やEBPMはさらに強力に推進されることだろう。
ヘルスケア領域でもデータによってさまざまな可視化が実現しているが、めざす価値創造はその先にある。「データを活用して得られた知見をもとにして、生活習慣の改善など行動変容につながることで真の価値が生まれるように思います。そのためには、何が必要でしょうか」と吉田は問いかける。これに対して、佐藤氏は「非常に難しい」と前置きした上でこう答える。
アクシオンリサーチ株式会社 代表取締役
佐藤 友美 氏
「データを信頼して行動を変えようとする人もいれば、信頼できる相手からの助言であれば耳を傾けるというタイプの人もいます。私たちが考えているのは、『脳が喜ぶこと=健康にいいこと』というリンクをつくり、それを本人に納得してもらった上で習慣化を図るというアプローチです」(佐藤氏)
たとえば趣味の世界を考えてみる。楽器の演奏にせよ、絵を描くにせよ、好きなことなら練習は楽しく早期に一定レベルに達するだろう。好きなことをすれば脳は喜ぶ。理解できなかったことが理解でき、さらに納得することができれば、同じように脳は喜ぶだろう。この納得感が習慣化、行動変容のカギと佐藤氏は考えている。
データが先か、便利なアプリが先か
スマートシティにおいても、行動変容は大きなテーマだ。たとえば、人流や交通機関の混雑状況がわかれば、目的地やルートを変更する人もいる。その意味では、データが行動変容を促しているといえる。石川氏は幅広い分野での価値創造を見据えている。
「たとえば、災害発生時に住民を避難場所に誘導するために、データを活用したいと考える自治体もあります。また、人流などのデータを示すことで、地域の特定エリアに人びとを誘導し、消費活動を促すというアイデアもある。その際、重要なのはパーソナライズ。適切なタイミングで、適切な人に対して、適切な情報を提供することです」(石川氏)
スマホアプリを例にとると、機能や使い勝手がよければ、ユーザーは位置情報を開示しても問題ないと思うだろう。逆に、アプリが提示するレコメンドに的外れなものが多ければ、ユーザーはそのアプリを削除してしまうかもしれない。
「位置情報はセンシティブな情報です。ユーザーが過剰な防衛意識を持ったり、嫌悪感を抱いたりすることのないよう、プライバシーを含めて十分配慮する必要があります。その点は、非常に気を付けています」と石川氏。実は、ここにサービス提供側にとっての難しい課題がある。吉田はこう指摘する。
技術革新統括本部 IOWN推進室 室長
吉田 英嗣
「役立つアプリなら、ユーザーは『自分のデータを使ってもいいよ』といってくれるでしょう。一方、提供側にとっては、データが集まらないと役立つアプリを開発できないという思いもあるはず。鶏と卵のような関係です」(吉田)
石川氏はこうしたジレンマを感じつつ、ユーザーメリットとデータ収集のバランスを探ろうとしている。「正解はないと思いますが、バランスのとれるポイントを見つけることはできると思っています」と石川氏はいう。
ユーザー本人にとっての価値だけでなく、別の要素もあるかもしれない。佐藤氏は「自分が情報を提供することで、社会の役に立っていると思える場合もあるはず。社会貢献につながると感じられれば、情報提供への抵抗感は薄れるのではないでしょうか」と語る。
デジタルツインによるソサイエティDXをめざす上で、個人情報の扱いを含めて難しい課題もあるだろう。そうした課題を乗り越えた先には大きな可能性が広がっている。
「人びとの行動変容や社会変革は容易なことではありませんが、NTTデータは多くのパートナーとともに試行錯誤しながら、挑戦を続けていきたいと考えています」と吉田。現在、デジタルツイン共創プログラムに参加する企業の数は80社を超えた。そこでは、組織や業界を超えたデータ活用へのチャレンジを含め、社会DXをめざす数々の野心的なプロジェクトが進められている。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。