複雑に連鎖する社会問題
社会問題へのアプローチを考えるにあたり、まずは現在の社会トレンドを捉えることが重要であるとNTTデータの松本は語ります。
「社会問題と社会トレンドの間には密接な関係があります。人口動態、経済潮流、安全保障といった『社会構造の変化』、気候変動、自然災害、パンデミックといった『高まり続けるグローバルリスク』、SDGs、個の尊重、ウェルビーイング、タイパといった『価値観の変化』。これら多くのトレンドが多元化し、また相互に接続することで社会問題は複雑化していくのです」
実際、現在の「社会構造の変化」にはどのようなトレンドがあるのでしょうか。1950年から2100年までの総人口(※1)を見ると、2080年代に世界人口は100億人超とピークを迎え、その後減少していくと予測されています。しかし、地域によって増減には違いがあります。東アジア・東南アジアは2030年頃にピークを迎える一方で、サハラ以南の南部アフリカは、2100年に向けて長期的に増加していくと予測されています。このような人口動態のトレンドは、経済構造にも大きな影響を与えると、松本は述べます。
「今後はサハラ以南の南部アフリカの経済が興隆し、東アジア・東南アジアの経済規模は相対的に縮小すると見られています。人口動態と経済構造の関連性は、2023年にGDPが世界4位となった日本の例を見ても明らかと言えるでしょう」
また、「高まり続けるグローバルリスク」には、どのようなトレンドがあるのでしょうか。例えば、「地政学上の対立」は、今後2年間の短期的なリスクのランキング(※2)において3位である一方、今後10年間の長期的なリスクでは9位と、リスクが縮小しているように見えます(図1)。この点について、現実は異なるのではないかと松本は独自の見解を述べました。
「今後10年間は、環境面のリスクが増加します。『気候変動の緩和策の失敗』が最大のリスクとなり、『気候変動への適応策の失敗』や『自然災害と異常気象』など、多くのリスクが高まります。『地政学上の対立』のリスクは依然として存在し続けますが、それ以上に重大なリスクが増加しているため、相対的な順位が下がるという見方ができると考えています。」
図1:グローバルリスクランキング(短期/長期)
このようなグローバルリスクのトレンドは、「地球規模の気候変動への個人の関心」という「価値観の変化」へも影響を与えていると松本は言います。
「地球規模の気候変動が、個人の生活に損害を及ぼすという懸念に対し『非常に関心がある』と答えた人の割合は、2015年から2022年の間に31%から37%へ約2割増加しました(※3)。また、2020年度の調査では『SDGsをよく知っている』と回答した人は世界平均で26%、『SDGsという言葉を聞いたことがある』は74%におよぶ(※3)など、気候変動のリスクに応じて社会問題に対する意識(人々の価値観)も変化していくのです」
ここで挙げた人口動態やグローバルリスク、価値観の変化に限らず、社会トレンドは多元化しています。多元化した社会トレンドはさまざまな社会問題を生み出し、多くの社会問題は複雑に連鎖していると松本は述べます。例えば、感染症や地政学的なリスクがサプライチェーンの緊張をもたらし、食料やエネルギーの高騰を招き、生活費の危機をもたらす要因となっているなど、“負の連鎖”がいたるところで起きているのです。では、このように複雑化する社会問題を、私たちはどのように解いていけばよいのでしょうか。
出典:国連人口基金「世界人口白書2023」
出典:第18界グローバルリスク報告書2023年度版
Pew Research Center 2021年度調査
ありたい未来を創造する
NTT DATAでは、社会問題に対し「社会のリ・デザイン」の発想で取り組んでいると、松本は語ります。
「複雑に連鎖する社会問題の一つ一つに取り組む方法では社会コストが増大し続け、持続が困難です。そのため、私たちはあるべき未来の社会像を描き、それを『価値や役割の再定義』『価値循環社会』『エコシステム』『デジタル発想』によってグランドデザインへと落とし込み、さらには『ステークホルダーとの共創』『持続可能なビジネスモデル』といった新たな社会システムへと実装していくアプローチに取り組んでいます」
図2:「社会をリ・デザインする」
「社会のリ・デザイン」において、最初の重要なステップとなる「社会の未来像」は、問題構造を明らかにする“問い”を立てることで描かれていきます。同時に、複雑化した社会問題の突破口となる“問い”を生み出すことは簡単ではないと松本は述べます。
「問題構造を明らかにするためには、将来のユースケースを発想し、そこから構造を導き出していく思考が有効です。具体的な方法として、NTT DATAでは帰納法や演繹法だけでなく、よりクリティカルな発想法であるアブダクション(仮説発想)、当たり前と思われていることに疑いをかけて本質を見出すアート思考も組み合わせることで、未来像を描くことに挑戦しています」
また、これらの思考を駆使し、未来像を描いた上で導いていく「社会のグランドデザイン」のポイントについて、松本はポジティブな価値循環社会にしていくことを挙げます。
「例えば、サービス提供者が生活者にトラスト(安全、治安)という価値を提供します。その価値を受け取った生活者が、購買データをサービス提供者に還元し、サービス提供者がデータに基づいてさらに増大した価値としてパーソナライズされたサービスを生活者に提供していく。このように、価値が一方通行ではなくポジティブに還元し続けられる社会が、価値循環社会です。生活者やサービス提供者が互いに結びつきを強め、またサービス提供者間も生活者を中心につながっていくようなエコシステムをつくることが、グランドデザインのポイントです」
さらに、導き出した社会のグランドデザインを「新たな社会システムの実装」へと落とし込んでいくためのポイントは、“持続するビジネスモデルの共創”にあると松本は語ります。
「グランドデザインに登場する生活者やステークホルダーとの間で、一方的に誰かが得をするのではなく、共存共栄するビジネスモデルを作ることが重要です。互恵的な関係が持続することで、生活者やステークホルダー間の価値循環が拡大し、持続する社会ビジネスモデルに育っていくと私たちは考えています」
社会のリ・デザインを実践する
ここまで、複雑化する社会問題の実情と、それを解決する未来の社会像の描き方と実装に向けた理論を解説してきました。これを実践するにあたり、松本は独自に開発したフレームワークがあると言います。
「ありたい未来を創発するメソッドとして“Foresight Design Method for 社会デザイン“というフレームワークを実践しています。具体的には、『リサーチ』『将来像の立案』『デジタル戦略の立案』『デジタル戦略の検証』『事業化構想』というステップを踏んで実践していくことになります」
図3:ありたい未来を創発するメソッド“Foresight Design Method for 社会デザイン”
社会のリ・デザインの例として、松本はまずNTTデータの防災の取り組みについて解説します。
「地方の人口減少、災害の多発による地域の防災力低下を社会問題として捉えた時に、私たちは『地域が助け合う新たな災害対応』という未来の社会像を描きました。さらに、ここから導き出す社会のグランドデザインは、広域での連携、情報・物資・人が連携した社会、広域で助け合うためのデータ共有です。そして、これを踏まえた社会システムは、自治体、電気・ガス・水道などのインフラ企業、放送、通信、流通というステークホルダーが、平時から連携している状態を実装することで実現されていきます。平時の連携によって、有事の際に情報が一気に流通し、物資の不足情報を食品会社に伝えたり、緊急情報を通信業界に伝えたりすることができるのです」
NTTデータでは、このような理論の構築と実践を、ヘルスケアにおいても取り組んでいます。そして、さらに実践に近い取り組みとして、地域フィールドでの共創やPoCのプロジェクトを松本は挙げます。
「昔、炭鉱があって栄えたものの閉山にともない人口減少と高齢化が急激に進んだ地域を、社会問題先進地域として設定し、介護問題や認知症問題の解決に取り組んでいます。他には、離島がもつ自然資本や生物多様性環境をポテンシャルマップとして整備し、データを集めた上で産学官と住民が一緒になって議論していくことで、連携や提供価値を検証していくことを始めたところです。
もちろん、これらの地域において、防災やヘルスケアなど構想した社会システムが本当に機能するのかをフィールドで実証する機会にもなっています」
さらに、これからNTTデータがめざす社会問題への取り組みの方向について、大きくは「ひとと自然社会の関係のリ・デザイン」を考えていると松本は語ります。
「気候変動がもたらす生態系と人間社会の危機は、重要な問題だと捉えています。また、このような複雑化・複合化する問題は、1つの解決策がうまくいかなかった際に次の手を打てることが重要なため、トップダウンではなく自立分散したボトムアップ型の社会を実現することも欠かせないと考えています。さらには人口減少と地域の衰退への対応も重要なテーマとして、フィールドワークに取り組んでいます」
最後に、社会問題に継続的に対峙していくための根本的な考え方として、経済性と社会性の両立が重要だと松本は語ります。
「社会にとってよい取り組みをした企業が正当に評価されていく社会をつくり上げないと、社会問題への取り組みがポジティブに捉えられるようになりません。経済性と社会性の長期的なメリットを可視化して、活動を社会全体で持続させていく仕組みをつくっていきたいと考えています」
本記事は、2024年1月26日に開催されたNTT DATA Foresight Day2024での講演をもとに構成しています。
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