新規事業で必要となる新たなビジネスモデル
近年、新規事業開発部門を持つ企業が珍しくなくなるなど、新規事業の取り組みは一般化したといえるほど多くの企業に広がっています。そして、既存事業の縮小や成長の限界が予測されている場合、その既存事業の延長線上にはない、事業転換と呼べるほどの新たな事業アイディアが求められることも珍しくありません。
大きな事業転換を果たした有名な事例が富士フイルム社です。同社はかつて写真フィルムや印画紙、現像機を製造・販売し、現像まで手掛けるビジネスモデルを柱にしていましたが、デジタルカメラの登場・普及という事業環境の変化が起こりました。これに対応するため、同社が新たに開始したのが「化粧品事業」です。フィルムの色あせを防ぐ抗酸化技術や原料となるコラーゲンの研究成果等、従来事業から得た知見を応用して化粧品を製造・販売するという、これまでとは全く異なるビジネスモデルへと転換しました。(※2)
ビジネス・ストラクチャー:ビジネスモデルを支え、実現させる業務や組織、ITシステム、パートナーなど
https://h-jp.fujifilm.com/campaign/lp/supplement/st/collagen/st-5239.html(参照2024年6月25日)
新たなビジネス・ストラクチャー構築の難しさ
企業のビジネスには、ビジネスモデルを支え、実現させる業務や組織、ITシステム、パートナーといったビジネス・ストラクチャーが存在します。
例えば、かつて通信を中心に異業種からの参入が多かった動画配信サービスにおいては、編成・配信計画や独自コンテンツ企画・制作といった業務とそれに対応する組織、配信プラットフォーム等のITシステム、コンテンツホルダー等のパートナーとの取引や協力関係などが必要です。新規参入事業者は、買収・出資によるものも含め、このビジネス・ストラクチャーを新たに構築し、ビジネス展開を行ってきました。
図1:ビジネスモデルとビジネス・ストラクチャー
ビジネスモデルが変われば、それを支えるビジネス・ストラクチャーも変えなければなりません。ビジネス・ストラクチャーは、効率化やシナジーの観点で一部は既存事業のものを活用・流用しつつも、基本的には新たなビジネスモデルに合うものをゼロベースで構想したうえで設計・構築していくことが求められます。
しかし未経験のビジネスモデルである場合は、その「あるべき」を定義するのは容易ではなく、参入先業界が未知の場合などは「そもそも何を検討する必要があるか」「何から手を付けてよいのか分らない」といったことも多いでしょう。
ビジネス・ストラクチャー構築で陥りがちな7つの落とし穴
では、このビジネス・ストラクチャーを構築するにあたって気を付けるべきことは一体何でしょうか。
これまでクニエが支援してきた事例や公知事例から、以下7つの陥りがちな落とし穴を導出しました。
業務・制度に関する落とし穴
- 1.既存事業の意思決定プロセスや業務ルールに縛られ、新規事業開発が思うように進まない
- 2.リリース直前・直後に間接業務周りで運用トラブルが発生する
- 3.サービス提供に必要な市場リソースを調達できず事業として上手く回らない
パートナー・組織・人材に関する落とし穴
- 4.営業チャネルに新商材を売ってもらえない
- 5.既存事業優先で新規事業にリソース(人材・予算)が割り振られない
- 6.新規事業メンバーの士気低下や離脱が生じる
全体に関する落とし穴
- 7.業界構造の理解が不十分なまま事業開発を進めてしまい、地に足の付いたストラクチャーを構築できない
ここからは、これら7つの落とし穴に陥ってしまう要因と具体的な対処法を、第1回と第2回に分けて解説していきます。
図2:7つの落とし穴
業務・制度に関する落とし穴
落とし穴1:既存事業の意思決定プロセスや業務ルールに縛られ、新規事業開発が思うように進まない
以下のような制約により、新規事業開発が思うように進まないという経験をされた方も多いのではないでしょうか。
- 既存事業と同じように自前主義に拘りすぎて立ち上げに時間がかかる。または自社でできることに限りがあり、事業で本来実現したかった提供価値を妥協してしまう
- 既存事業の重厚長大なIT基盤の利用が前提となりコスト高を招く
- 新規事業の立ち上げ時だけでなく、追加開発の承認を得る際にも多数の関連部署説明や全社意思決定会議での稟議が必要になり、社内調整で検討リソースを割かれて疲弊する
- 世に商材を出すための品質基準等が厳格で、多少粗削りでもまずリリースしてからストラクチャーを磨き込むといったアプローチが取れない等
この落とし穴に陥る要因としては、「既存事業の意思決定プロセス・業務ルールが新規事業に合っていない」「意思決定プロセス・業務ルールを新規事業に合う形に実装しようとしても権限がない」ことが挙げられます。
既存事業は「既知の顧客・市場について堅実な計画を立て着実に実行する」ことが重要なのに対し、新規事業は「未知・不明確な顧客や市場に対し試行錯誤を繰り返す」ことが重要という違いがあります。よって、完璧なものができてからではなく、改善前提でリリースする、自前主義ではなく他社連携を是とするなど、低コスト・機動的な動きが可能な意思決定プロセス・業務ルールを検討する必要があります。
また、新規事業に合った意思決定プロセスや業務ルールを実装しようにも、新規事業担当役員の不在や、いたとしても名前だけで実質的な権限は移譲されていないなどの理由から、笛吹けども踊らずになるというのもよくある話でしょう。
要因の対処法として「出島」が挙げられます。江戸時代の鎖国政策下で唯一対外貿易・異文化交流が認められた長崎の出島になぞらえて、既存事業を担う組織と意思決定権や決裁権等とは切り離した新たな組織を作り、そこで新規事業に取り組むといった手法を指します。
出島組織を自社で作ることが難儀であるならば、クライアントに代わって新規事業の立ち上げからグロースまでを代行し、グロース後にクライアントに事業譲渡するといった事業開発代行・アウトソーシングサービスも存在するため、そうしたサービスの活用も検討すると良いでしょう。
落とし穴2:リリース直前・直後に間接業務周りで運用トラブルが発生する
新規事業は料金回収や契約形態、法規対応等が既存事業と異なり、新たな業務・システム対応や契約上の配慮が必要になることがあります。しかしそれに気づかなければ、リリース間近に対応が必要なことが判明し、リリース遅れや混乱の原因となってしまいます。内容によってはビジネスモデル自体の見直しが必要になることもあるでしょう。
ある耐久消費財メーカーでは、従来はモノ売り事業として商品を作って販売していました。そして新規事業として中古商品を取り扱うサブスクリプション(以下、サブスク)事業を開始しようとしたものの、中古商品を取り扱うには古物商許可が必要であることがリリース直前になって判明しました。そして慌てて登録手続きを行ったものの、当初の提供開始予定日には間に合わず、リリースも遅れることになりました。
この落とし穴に陥る要因としては、「間接業務周りの業務・制度設計を後回しにしがち」なことが挙げられます。
サブスクにおける月払い・年払いや従量課金モデルが既存のERP・販売管理システムに適用できるか(カスタマイズや外部のサブスク管理システムの利用が必要か)など、新規事業が間接業務に及ぼす影響を早めに認識し、法務・経理等と相談して現実解に落とし込む必要があります。しかし、新規事業担当者は間接業務に対する理解が充分でないことも少なくありません。
また、いざ事業開発が走り出すとプロダクトの機能・価格や、プロモーション・営業といった目に見える部分だけでも検討すべき事項が数多あることから、間接業務周りの業務・制度設計まで意識が向きにくいこともあるでしょう。
要因への対処法としては、法務・経理等の社内間接部門視点での実現性を早期に確認することですが、担当者任せだと先述の通り気づかない、後回しになるといったことが生じ得ます。
そのため新規事業創出プロセスを整備し、企画段階で間接業務周りの実現性を確認するタイミングを規定することや、インキュベーション組織の設置や新規事業開発のプロ人材の外部招へいにより、「サブスクの場合は経理や契約管理周りの業務が煩雑化するため、それに耐え得るスキームは早めに法務・経理などと詰めておいた方がよい」といった助言を適切なタイミングでもらえるようにしておくと良いでしょう。
落とし穴3:サービス提供に必要な市場リソースを調達できず事業として上手く回らない
ビジネスモデルによっては、サービス提供に必要な市場リソース(人・モノ・場所等)を用意する必要があります。例えば、家事代行マッチングプラットフォームであれば家事代行を行う人、自転車シェアリングであれば自転車ステーションなどです。その市場リソースが量・質面で不足し、機会損失や顧客の不満を生んでしまうことで、事業が上手く回らず、低迷・撤退に迫られるといった事象も起き得ます。
過去にオンライン通販などを手掛ける企業が新規事業として家事代行マッチングプラットフォームを展開するも、想定をはるかに上回る需要に対し、品質を確保したうえでのサービスの提供が追い付かずに撤退した例もあります。(※3)
この落とし穴に陥る要因としては、「市場リソース調達の実現性が曖昧なまま、事業をいきなり大々的に広げてしまう」ことが考えられます。
要因への対処法としては、「小規模なテストマーケティングによる調達可能性含めたサービスの実現性検証」が挙げられます。
例えば、リクルート社が提供しているギグワーカーマッチングアプリの『エリクラ』の開発時、同社は東京都狛江市で小規模なテストマーケティングを行う際、継続的なマッチング可能性の検証なども行い、そこで発見した新たな課題にも対応できるよう都度柔軟にスキームを手直しすることで、幅広いユーザーへの提供価値を最大化しました(※4)。
https://www.businessinsider.jp/post-173429(参照2024年6月25日)
https://toyokeizai.net/articles/-/513947(参照2024年6月25日)
おわりに
第1回では、「業務・制度」に関する3つの落とし穴を紹介しました。
新規事業がこれまでと全く異なるビジネスモデルとなる場合は、ITシステムや業務ルールのみならず、考え方や意識の面まで抜本的な改革を要することも考えられます。未経験の事業の場合は間接業務の中にビジネスの根幹に関わる重大な要因が潜んでいたり、必要な検証が漏れてしまったりすることも起こり得ますので、「出島」など外部サービスの活用などを含め柔軟に検討を進めるのが良いでしょう。
今回は「業務・制度」に関する内容を紹介しましたが、新規事業を軌道に乗せるためには、事業を支える「人」への動機づけや評価制度設計なども忘れてはならないポイントです。次回は7つの落とし穴のうちの残り4つとして、盲点となりがちな「パートナー」「組織・人材」にまつわる内容、そして最後に「全体」に係る落とし穴を紹介します。
第2回の記事はこちら:新たなビジネスモデルの実現・構築で陥りがちな7つの落とし穴
【第2回】「パートナー・組織・人材」「全体」に関わる落とし穴と対処法
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あわせて読みたい:
【第2回】「パートナー・組織・人材」「全体」に関わる落とし穴と対処法