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0. 不確実性の高い社会だからこそ、高まるスマートシティへの期待
新型コロナウイルスは、社会を一変させた。この変化を乗り越え、新しい社会像を描くためには、 デジタル技術の力を活用していくことが必要不可欠だ。NTTデータ経営研究所ではNTTデータグループが保有するデジタル技術に関するさまざまな知見を活用し、ニューノーマル時代の新しいデジタル社会に関する提言、「Re-Design by Digital ~デジタルによる社会の再構築~」をまとめた。
「目指すべきデジタル社会の方向性」「デジタル社会を支える情報システムの在り方」「デジタル社会実現のために必要となる人材」の3つの観点から、具体的に実現すべき7つのメッセージを発信している。
今回は、このうちの2つ「あらゆる生活者が参加し対話できる社会」(インクルージョン)と「環境変化を感知し意思決定を行う社会」(センシング)に着目したい。
コロナ禍に代表されるように、私たちを取り巻く環境は、先が読めない=不確実性の高いものとなっている。これから先もこの状況が続く可能性は高い。見えない未来を少しでも見通すためには、現状の様相や微かな変化の萌芽を客観的かつリアルタイムにつかみとることが重要だ。
国内ではスマートシティ(スーパーシティなど呼び方はさまざまある)実現に向けた取り組みが活発化している。人々の暮らす街、そこから生まれる様々なデータをプラットフォーム上で連携させ、そのデータの利活用を通じて、社会サービスの充実を目指す取り組みだ。スマートシティは従来の街づくりよりも格段に早いスピードで、環境の変化に対応したサービスの提供を実現できる。まさに不確実性の高い環境において、社会的に求められる役割といえよう。
それでは、環境変化に対応したスマートシティをいかに実現していくのか。今回の対談では、デザイン工学(エンジニアリング)の視点からスマートシティの研究に取り組む慶應義塾大学の田中浩也教授と、NTTデータでスマートシティを実現するプラットフォーム「SocietyOS」に取り組む塩見の対談を通じて、スマートシティ実現に向けた要諦を探る。
1. スマートシティ実現に重要なキーワードとは?
塩見NTTデータは、社会課題を解決する手段の1つとしてスマートシティに取り組んでいます。街で暮らす人々に必要なサービスを提供するために重要な6つのキーワードを大切にしています。
1つ目は『生活者視点』です。決してシステム提供者の目線だけで考えないように、この観点を重要視しています。2つ目は社会全体を『デザイン』すること。「街の生活者にとって本当に必要な価値は何か」、「取り組みの結果どうなっていくのか」、「持続性のある街がつくれるか」など、常に未来を思い描くことを大切にしています。3つ目はありたい姿を想像して目指していく『バックキャスト』で、4つ目は現実のフィールドで実践を積み重ねる『ユースケース』です。5つ目は『つながる力』。NTTデータ1社だけではスマートシティは実現しないので、様々な関係者との連携が必要です。そして、6つ目はステークホルダーの方に「自分でその街をよくするという意識をどう持ってもらうか」という『自分ごと化』です。
これらを大事にしつつ、リアルとバーチャルが融合した快適な街を実現しようとしています。
塩見複雑かつ高速に変化する現代社会の中で、先ほどの6つのキーワードを踏まえた価値創出を行うためには「オープンな連携」、「素早いサービス創出」、「データ活用・分析」の3つが重要なポイントです。これらに対応してスマートシティを実現するしくみとして「SocietyOS」を創設(※1)しました。
「SocietyOS」はスマートシティを実現するためのしくみを備えたプラットフォームです。ただし、プラットフォームといっても、巨大なデータ蓄積をするだけではなく、生活者視点の価値あるユースケースを実現するためのしくみです。必要なデータを蓄積し、生活者の意見を聞きながら、アジャイル的に改善を繰り返していくことを重視しています。そのために、SocietyOS上に機能を作りこむのではなく、社内外のサービスと連携しながら、実社会価値を提供できるようになっており、他の都市OSをはじめとする様々なプラットフォームと柔軟に連携ができます。
図1:SocietyOS構想
図2:SocietyOSアーキテクチャーイメージ
塩見スマートシティ実現に向けた事例も増えてきました(※2)。例えば、田園調布雙葉学園における生徒の安心・安全のための取り組み。校門に設置したカメラ映像を分析することで、不審者や危険な車の情報を察知し、リアルタイムで先生に知らせる防犯のしくみを検証しました。ほかにも、大手町・丸の内・有楽町エリアや豊洲エリアの国交省スマートシティ先行モデルプロジェクト、マイナンバーを活用した引っ越し手続きのワンストップ化、NTTグループが取り組む街づくりDTC(デジタルツインコンピューティング)による来店予測シミュレーションやパーソナライズレコメンドサービスなど、生活者を中心としてユースケースを充実させているところです。
田中世界のスマートシティでは社会全体のデザインや生活者視点の不足などがよく指摘されています。今回ご紹介いただいたケースはこれらが全て回収されて、社会的価値をコアに展開されているところに感銘しました。
コロナ禍で想定していたことが劇的に変わってしまった中、改めて、次の10年のビジョンが考え直されていると思います。
2. 「見えない未来」を見据えたしくみづくり
田中未来の姿を描くとき、いくつかのパターンがあります。高齢化や人口減少といった「社会統計的蓋然性の高いもの」と、SDGsや脱炭素のように「政策が先に決まって社会が適合していくもの」、コロナ禍のように「不確定性が高く予測不可能なもの」の3つです。今回スマートシティのアーキテクチャーを考える上で、予測できない未来をNTTデータはどのように受け止めているのでしょうか。
塩見スマートシティとして期待する具体的な未来像を100人に聞くと、100通りの違った未来像が聞けると思います。そうすると、個人の考えるスマートシティ像は異なるので、アーキテクチャーとして柔軟性のないものは作るべきではない。また、移り変わる環境変化に、すばやく対応することを考えると、オープンなAPIを用意し、世の中にすでにあるサービスやデータを容易に使えるアーキテクチャーにしよう、ということになります。データを1か所に集めて処理するのではなく、連携をさせること。小さくてもいいから、いかに住民の方に使ってもらえるサービスを提供するかがアーキテクチャーの根本となっています。
田中ユースケースは人によって、分化させないといけないというわけですね。一方で、OSは進化させなければならない。全体の統一感や秩序はどのように守っていくべきでしょうか。
塩見国がやるのか、民間企業がやっていくのかはわかりませんが、どこかで収斂されていくと感じています。いずれにせよ、素早く価値を出すことが大切です。
素早く価値を提供するには自分たちが持っている武器をうまく活用する必要があり、NTTグループの強みを生かせるユースケースを実施しています。
やがてはSocietyOSと他社プラットフォーム、国が持っているプラットフォームはつながっていくのではないかと考えています。プラットフォーム同士を連携させるためには、最低限のルールを考えないといけませんが、自然と時間が解決するのではないでしょうか。最初は一つの大きなプラットフォームが必要だと考えていましたが、取り組んでいるうちにそのような考えに変わっていきました。社会情勢を見ながら進むのがスマートシティの姿なので、やりながら変わっていくという事で良いと思います。
田中人々の多様性を学びながら、システムをブラッシュアップしていくことは重要ですね。
塩見スマートシティを考える時、みんなに一律で喜ばれるサービスはない、と割り切る。そのうえで、「誰に対してどういう喜びがあるのか」を考えないといけません。想像ではなく意見を聞き、改善を繰り返さないと本当のスマートシティに近づけないと思います。
ここで課題になるのが一般の人の意見をどのように集めるか、です。田中先生はいつもどうやって意見を集約しているのでしょうか。
田中私の場合、街の中にサテライトラボを作って市民や自治体の方と議論をしています。特別なインタビューやアンケートでなくても、自分の周りに情報が入ってくるようにしていました。いろいろなニーズや情報が入ってくる中で、世の中の人がどのようなサービスを求めているか知ることができます。アーリーアダプターといわれるような、新しい価値観を先につかんだ人に寄り添いながら、次の未来がどうなっていくか考えていくのもよいと思います。
3. 「信頼」がカギを握るパーソナルデータ
田中世界の街や都市における市民参加度を図る指標として、OECDによる「シチズンエンゲージメント」というものがあります。そして、世界の中でも日本の「シチズンエンゲージメント」は低いと評価されています。スマートシティは上手にやれば今までと違った形で街をつくるしくみになりそうですが、そのためには市民に積極的に参加してもらい、彼らのパーソナルデータを活用することが必要です。
ただ、こうした取り組みは、ともするとパーソナルデータを取るだけという“搾取”になってしまうこともあります。これを避けるには、市民からデータを集めると何が良くなるのかという好循環を描き、具体的な形として市民に示す必要があります。例えば、「歩く速度に関するデータを提供し続けたら、危険だった通学路に歩道ができた」といった目に見えるわかりやすい成果があると、市民もデータを提供して良かったと感じてもらえると思います。
塩見日本では、「パーソナルデータを提供するのは何となく不安だから参加したくない」ということはよくありそうですね。おっしゃる通り、無理やりデータを集めてもサービスが持続しないので、小さくても何かメリットがあるという事を示さないといけないと思います。
田中加えて、誰がデータを集めているかという点もポイントになります。例えば「NTTデータなら大丈夫」といった、企業や組織のブランド・信頼・誠実さは大事だと思います。
塩見データを集めるという点では、やはり信頼関係は大切です。例えば自社やグループ会社の関係者を対象に、パーソナルデータの収集と利用許諾を依頼すると、比較的低いハードルで情報をもらうことができます。信頼関係がすでにできているからですね。いきなりたくさんの市民を対象にデータ収集を進めるのではなく、こうして集めやすいところからデータを集め、そこから生まれる具体的な成果について検証が終わった後、実サービスとしてどのように広げるかを考えていかないといけません。
4. “ゆっくり一歩ずつ”サービスの連鎖が生むスマートシティの価値
田中ステップを踏みながら少しずつ広げていくという点について、こんな話があります。
スチュワートブランドが、1999年に世の中は異なる速度で動いていることを示す「Pace Layering」という概念を示しました。そこでは、ファッションは高速で変化する一方、文化や自然はゆっくり変化し、この時間速度の異なる層の間のずれ・摩擦・断層が世の中を狂わせるため、それぞれのリズムを整えるのが大事だと主張しています。特に街づくりには言える事ですが、ゆっくりやらないと失敗することがあるでしょう。
塩見スマートシティを推進していて感じるのは、進捗のスピードは想定よりもゆっくりとなるということ。実フィールドになると何をするにもいろいろな確認が必要になるからです。ただ、決してそれが悪いということではなく、着実に進捗する方がよいと思います。少しずつ試しながら進めることで、当初見えていなかった住民のニーズをくみ取れることもあります。
田中ニーズをくみ取っていく中で、たくさんいるステークホルダー間の価値を組み合わせて生まれるサービスはありますか。
塩見我々は「サービスの連鎖」と言っていますが、「街全体でよくしていくこと」を考えています。
たとえば、DTCによるシミュレーションでは、飲食店向けに商品の売れ行きを予測するサービスと、来街者向けに嗜好に合った飲食店をレコメンドするサービスがあります。それらのサービスを連鎖させて、売れ行きが悪い商品を予測し、その商品が嗜好に合う来街者をマッチングし送客を促すことで、飲食店のフードロス(売れ残り)を削減するとともに、来街者には一人ひとりの嗜好にあった飲食店・メニューを案内し、双方に価値を提供します。
これは、店長やオーナーが喜ぶことと個人にとってどのお店がいいかを連鎖させた例と言えます。
田中サービスが連鎖する中で全体最適の価値が出たときに、初めてシステムのすごさが出てきます。その分のロイヤリティをビジネスモデルとして稼げばいいと思います。「全体を高めたからこそ価値がある」というのは、OS事業やプラットフォーム事業のいいところだと思いますし、それができればNTTデータのファンになります。
塩見SocietyOS上でどのように価値を連鎖させて、どのように新たな価値を生み出すか試みていますが、ユースケースの積み重ねなので時間がかかります。6つのキーワードに「つながる力」があったように、色々なものをつなげないと価値を出せないと思っています。それには、システムを作るということだけでなく、市民をはじめとするステークホルダーとも会話が必要です。この「つなげる」という概念がスマートシティに必要なアーキテクチャーであり、それができる人材の育成も考えていく必要があります。
田中スマートシティがデジタル空間と違うのは、すでにある街や文化にどう入れていくのかという事です。何もないところからサイバー空間を作ってきたインターネットとは違います。色々な現場をつなぎ合わせるところが醍醐味ですが、スマートシティというカタカナからはどうしてもイメージされません。塩見さんの取り組みは江戸時代に農民が様々な相手に対して多岐にわたる雑用をこなして重宝されたことに重なりますが、スマートシティの現場感がもっと伝わって欲しいです。
大事にしている「価値」が伝わらないのは、スマートシティのシステムアーキテクチャは描けますが、実際生まれている価値をそのアーキテクチャの中に表現できていないことが原因だと思います。目には見えない価値をどう記述したらいいかは、世界で誰も開発していないので大学でやるべき研究テーマといえます。
5. 一生活者として「楽しむ」という事
田中先ほど人材の話がでましたが、優秀な人材は、良くも悪くも楽しさや嬉しさが感じられる方を目指すと思います。新しいことを教え、楽しいということを伝えなければなりませんが、まず、自身がやって楽しいと思うことが何より大切です。世界中のスマートシティの事例を見ると、この観点が抜け落ちていると思うことがあります。
塩見自分たちも生活者の一員なので、どういうユースケースならば嬉しいかは考えるようにしています。データを溜めるだけでは面白くない。溜まったデータをどう使うかをセットで考えなければなければならないと思います。答えがないので難しいですが、だからこそ面白いと感じています。1人ではできないので仲間を増やしてやっていくのが成功への道だと思います。
田中スマートシティに取り組んでいる人自身も生活者であるというのはその通りです。自分の中で意思をもって内発性を起点にできる人材を会社の中に増やしていくべきだと思います。仲間を増やすとおっしゃいましたが、まさに日本では、個々が重要になってくる。塩見さんらにはぜひ「日本型」を作って欲しいです。
6. スマートシティ実現に必要なもの
スマートシティの難しさは、絶対的な正解といえる「型」が未だない中で、具体的な街の課題を起点に小さなユースケースからスモールスタートで始めながら、街という大きなアーキテクチャーをデザインすることにある。その成功のカギは、小さなユースケースから生み出される価値を、街に関わる様々なステークホルダー間でつなげていく、「サービスの連鎖」だ。
NTTデータでは「SocietyOS」というサービスの概念を提唱しているが、それは具体的なOSやプラットフォームではなく、サービスの連鎖の結果生まれる全体最適の価値を目指すものだ。
街の課題は、地域とそこに関わるステークホルダーによって多種多様である。それぞれの地域によって、実現すべきスマートシティの姿も異なるのだろう。しかし、その実現に向けた取り組み方、考え方には一定の「型」があるのではないか。
今後、「SocietyOS」がその「型」の一つとして進化していくことが期待される。