未来シナリオとは何か?
未来シナリオは、ありたい未来像から逆算して進むべき道を考える『バックキャスティング』のアプローチです。不確実で予測ができない状況において未来の兆しを捉え、ユーザー中心でありたい未来像を探ります。それを起点に逆算することで、既存ビジネスの延長線からは捉えられなかったアイデアやチャンスを捉えられます。また未来シナリオは、ユーザーの価値観や行動変容をリアルに想像しながら寄り添うことで、イノベーティブなアイデアにたどり着くためのアプローチです。単に「こうなったらいいな」といった楽観的な捉え方だけではなく、現時点の技術やユーザー行動からは見えてこない、将来起こりうる可能性のある課題に向き合います。
なぜ今ビジネスに未来シナリオが求められるのか?
ビジネスの将来を予測することは、不確実性が高まる中でますます困難になっています。シグナル(兆し)が増えたことがその原因です。例えば、自動車業界のEVの普及に関するマーケットの動向を考えると、電力不足や高騰、充電技術の進展、充電ステーションの普及などが挙げられます。これらの4つのシグナルに進展の方向性予測を3段階(維持、改善、悪化)し、発生するタイミングを5通り想定するだけでも、60通りにもなります。関連するシグナル同士が影響し合うことで、さらにパターンは複雑化します。この不確実な環境変化の中で既存のビジネスの延長線上で将来予測することは困難であり、急な変化に対応を迫られたときに適切な対応が取れなければ残念ながら淘汰されてしまいます。
このような予測の難しさを否定的に捉えるのではなく、チャンスとして捉え前向きに変化に対応するプランを作り、変化に備える(攻める)ことが重要です。実際に大手製造業を中心に、SF思考や未来ビジョンなど、不確実な未来に対応する取り組みが増えてきています。自社にインパクトが大きく、不確実性の高いシナリオをいくつか作り、優先順位を決めておくことが必要です。未来シナリオは、変化への対応力を高めるアプローチの一つとしてビジネスの現場でニーズが高まりつつあります。
未来シナリオとデザイン思考との違い
具体的な未来シナリオの作成プロセスの説明の前に、新しいアイデアを発想するため良く用いられるデザイン思考との違いについて触れます。デザイン思考とは、デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知活動を指し、それをフレームワークにしたものです。具体的には、ユーザー観察から得た「気づき」をもとに、「少し先のありたい未来」を描くために課題を定義し、アイデアの発散と収束、改善を繰り返すプロセスで進めます。つまり、デザイン思考とは少し先の未来に対してユーザー目線で解決策を見つけ具体化していく『フォアキャストアプローチ』です。
一方で未来シナリオは現状の社会課題やシグナル(兆し)をとらまえ「実現したい未来」から逆算して今取り組むべきことを考えるバックキャスティングのアプローチです。下図のように、横軸に社会起点と人間中心起点、縦軸に不確実な可能性を重視、確実なトレンドを重視と置いた場合に、同じ人間中心起点という共通性を持ちながら、より不確実性の高い未来を探るデザインアプローチが未来シナリオです。
図1:デザイン思考と未来シナリオの違い
未来を描くための具体的なデザインプロセス
未来シナリオのデザインプロセスは大きく「未来シグナルリサーチ」と「未来洞察」の2つのフェーズに分けられます。最初に未来シグナルリサーチでシグナルを探索し、現状を整理したあとに人間中心起点で未来像を描いていきます。
図2:未来シナリオのデザインアプローチ
1.未来シグナルリサーチ
最初に、未来シナリオを作成するテーマに関するメガトレンドやドラインビングフォース(※)の探索から始めます。下図のように縦軸にインパクト、横軸に不確実性を置き、「20xx年の未来シナリオ」に関するメガトレンドやドライビングフォースを見つけます。ここでは意図的に「インパクト大だが不確実性が低い」A領域や「インパクト大だが不確実性が高い」B領域に関係するメガトレンドやドライビングフォースを中心に集めていきます。
図3:メガトレンドの探索
20xx年の観光地のドライビングフォースを例に挙げるとメタバースと言われるような「バーチャル体験の普及」、観光地での移動を変える可能性のある「自動運転の増加」、生成AIによる「パーソナルアシスタントの高度化」、多様な観光ニーズを支える「ギグワーカーの増加」などが考えられます。
次に行うのが「From To Exploration」です。ここでは対象とするテーマの側面を洗い出し、現在の手段や行動を振り返り、マクロ視点の未来像につながるメガトレンドやシグナルの探索の結果から関連する内容を選定していきます。「側面」というのは、例えば観光というテーマであれば観光地での周遊や飲食などが挙げられます。未来像に繋げる、メガトレンドやシグナルが設定できたら、いよいよここから「未来洞察」のフェーズに入っていきます。
図4:シグナルを整理
2.未来洞察
ここで大切なポイントはユーザー目線で取り入れることです。未来像をマクロ視点で描き、リアリティと共感につながるユースケースに落とし込んでいきます。具体的には、まず20xx年に起こりうる社会とそこでの生活者の行動をマクロ視点で洗い出していきます。
次に洗い出したマクロ視点のトレンドを踏まえ、ミクロ視点のユースケースにユーザー目線で落とし込んでいきます。ユースケースには具体的な「課題」とそれが解決されている姿を盛り込むことが重要です。ユーザー目線のユースケースをそれぞれの側面に対して作成し、「未来像の骨子」を作っていきます。
未来像の骨子には、それぞれ「ビジネスインパクトが大きく、不確実性が低い」、「ビジネスインパインパクトが大きく、不確実性も高い」のどちらに位置付けられるのかをラベリングして紐付けしておきます。優先順位をつける際の参考となります。
続いて得られた未来像に優先順位をつけ絞り込んでいきます。絞り込む評価軸はプロジェクト毎、テーマ毎に設定する必要があります。NTTデータのデザイナー集団Tangityでは、通常縦軸にビジネスインパクトの「高」「低」、横軸に「既知」「未知」を設定し、4象限にマッピング。関係者と合意形成をとりながら、未来シナリオとして詳細を検討すべき未来像の骨子を選定しています。
図5:優先順位を設定
最後に優先順位により選定した未来像の骨子から未来シナリオを作成していきます。
まずユーザー目線でジャーニーを描いていきます。描いたジャーニーから右側にあるような構成でシナリオを作ります。このシナリオを作る際に、冒頭、中間、結末の構成のストーリーにすることでステークホルダーの共感が得やすくなりなります。冒頭には、場面設定や想定するテクノロジートレンドにふれ、未来に人々が抱えうる課題について触れます。そして中間では、新たなサービスやソリューションが課題を解決するシーンを描きます。最後の巻末では、解決した先に生まれる新たな問題点を提起し考察を加えて締めくくります。このようなストーリー展開で具体化し「極端だが信憑性があるシナリオ」を作成することでプロジェクト内の議論を活性化することができます。
また、未来シナリオを描いた後で重要なポイントは「継続的に更新し続ける」ことです。固定的なシナリオを作ってその場限りで放置するのではなく、世の中の変化を反映し対応していくために定期的に見直し「変わり続けるシナリオ」をつくり出すことです。新しい情報が入ってくるたびに、見直し、軌道修正していくものであるべきだと考えています。
図6:シナリオに落とし込む
企業の未来に対する戦略的ビジョンを決定する最も根本的な外部環境要因
未来シナリオを描くメリットと難しさ
未来シナリオを描くことのメリットは現在の規範や倫理、価値観に基づくモノの見方に疑問を投げ掛け、未来のストーリーの世界観を議論することで新たな洞察を得ることです。ただ単に確実で悲観的な未来に備え、単なる社会問題の課題抽出に注力するのでもありません。未来を描くことでそこに向けてどう進めていけばいいか、こうありたいというWillを持ち、取り組むことが大切であると考えます。
しかし、未来シナリオの作成は非常に難易度の高い取り組みです。テクノロジーの急速な進展が生み出すシグナル(兆し)の収集は専門的な知識が必要ですし、未来のユーザー行動や価値観への共感には高度なサービスデザインのスキルが求められることも事実です。
TangityではNTTデータの得意とする先端のテクノロジートレンドからのシグナル(兆し)を効率的に捉え、豊富なサービスデザインの知見で未来に起こりうるユーザー起点の価値観の変容に向き合い、お客様企業の対象とするテーマに則した“手触り感のある未来シナリオ”の創出をサポートしています。
NTTデータのデザイナー集団「Tangity」
NTTデータは、世界11カ国に17のデザインスタジオを設けており、「NTT DATA Design Network」として、各デザインスタジオのノウハウを共有しています。このうちイギリス、イタリア、日本、ドイツ、中国の5カ国のデザインスタジオを統合し、デザイナー集団ブランド「Tangity」を2020年6月に立ち上げました。これは業界や技術にとらわれず課題定義と解決を多角的に検討するグローバルデザインチームです。NTTデータは、Tangityの活動やデザイン人材育成、Design Ops支援を通して、デザイン/ビジネス/テクノロジーそれぞれの観点から新しい価値を生み出していきます。