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サプライヤー数は数千社「Scope3の適正な可視化と削減」が課題に
「2015年のパリ協定を境に社会的な脱炭素の機運が高まりました」と語るのは、NTTデータの明田 祐亮だ。その後、日本では2020年に当時の菅総理が2050年カーボンニュートラルを宣言。2022年に金融庁が、上場企業に対しサステナビリティ情報開示を義務化する方針を打ち出した(2023年3月期決算から義務化)ことで、多くの企業が脱炭素への取り組みを加速させている。
NTTデータ コンサルティング事業本部 サステナビリティサービス&ストラテジー推進室
明田 祐亮
「企業が脱炭素に取り組むファーストステップは排出量の可視化です。Scope1・2(※1)は自らの企業の活動による排出のため比較的可視化がしやすく、省エネ活動や再生エネルギーの利用などで削減が進んでいます。一方、Scope3はサプライチェーン上流・下流に関する排出量であるため可視化が難しく削減に課題が残っています」(明田)
森ビルは、2024年5月に『脱炭素化に向けたアクションプラン』を発表。2030年度にScope1・2を50%削減、Scope3については30%削減、そして2050年度にネットゼロにするという中長期目標を策定した。森ビルの青山みどり氏は、「Scope1・2については独自開発の算定システムを活用し、再生エネルギーの導入も進めていたため、目標達成の目途がある程度ついています。一方で、Scope3を削減するのは容易ではない印象でした」と話す。
デベロッパーである森ビルはオフィスビル事業からスタートした。その後、1986年に開業した民間による日本初の大規模再開発事業である『アークヒルズ』を皮切りに、『六本木ヒルズ』『表参道ヒルズ』『虎ノ門ヒルズ』『麻布台ヒルズ』など都市再開発事業を拡大させてきた。それ故、サプライヤーの数も膨大だ。
都市再開発事業の「事業計画」「設計・建設工事」「ビルの運用」という一連の中で多くのサプライヤーとともに事業を運営している
調達担当の田岡 正和氏は「大手ゼネコン、サブコン、ビルメンテナンス業などを中心にデータベース上ではサプライヤー数は数千社となる。過去5年間に複数回、取引があったサプライヤーだけでも1,400社以上に上ります」と話す。この事業規模がScope3の可視化、削減において、大きく立ちはだかる壁となった。
Scope3を含むGHG排出量は、『活動量×排出原単位』の方式でGHG排出量を算定することが一般的だ。この活動量とは、企業の具体的な活動規模を指し、排出原単位は環境省のデータベースなどで提供される二次データ(業界平均)から選択する。森ビルも以前はこの方式を採用していた。ただ、この算定方法では、事業の拡大に伴ってどうしてもScope3が増えてしまい、削減に向けたアクションができない課題がある。例えば、2023年度は虎ノ門ヒルズ ステーションタワーと麻布台ヒルズが開業したことにより活動量は増え、排出原単位に二次データを使用すると莫大なGHG排出量になってしまう。
Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス、通勤など)、Scope2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope3:Scope1、2以外のサプライチェーンにおける間接排出
総排出量配分方式はScope3削減の糸口
そのような課題を抱えていたときに、青山氏はCDP(※2)のセミナーに参加し、Scope3の削減可能な算定方式の一つである総排出量配分方式を知り、「現実的で基盤になりえる算定方法」だと感じたという。総排出量配分方式は、実取引に基づいた取引先のGHG排出量を用いる。具体的には、<「活動量(サプライヤー別の取引額)」×「サプライヤー別排出原単位(サプライヤー別の売上高あたりの排出量の割合)」>で算定する。
森ビル株式会社 都市開発本部 計画企画部 環境推進部
青山 みどり 氏
「Scope3は当社の事業活動に関連するGHG排出量ではあるのですが、言い換えれば、他社のGHG排出量とも言えます。そういった意味では、各企業の削減努力を反映できる総排出量配分方式は、非常に理にかなっていると感じました」(青山 氏)
NTTデータでは、気候変動の領域で権威ある国際NGOであり、総排出量配分方式の考えを提唱するCDPから2022年には日本で初めての「CDPゴールド認定パートナー」に認定される(※3)など、ともにグローバル社会の脱炭素化に向けたグリーンイノベーションを推進している。そして、C-Turtleはサービス提供開始時より総排出量配分方式を特徴としてきた。
そのことから、GHG排出量の算定システムとして青山氏はNTTデータが提供する『C-Turtle』の導入を決めた。明田は、C-Turtleの特徴をこう語る。
「C-Turtleは、NTTデータが提供するGHG排出量可視化プラットフォームです。特徴は総排出量配分⽅式を採用しており、Scope3を実態に基づいて可視化し、削減できること。Scope3は15のカテゴリーに分類されており、それぞれにおいてGHG排出量の算定方法が示されています。そのなかでカテゴリー1(購入した製品・サービス)とカテゴリー2(資本財)について、各サプライヤーの一次データであるサプライヤー別排出原単位を使うことができます。サプライヤー別排出原単位は最新値をNTTデータが保持し、プラットフォーム上で管理。信頼性を担保するために、CDPのグローバルデータも利⽤しています。CDPデータの使⽤許諾契約を持つのは、⽇本国内ではNTTデータだけです。一次データを活用した算定は、CDPや環境省も提言しており、多くのグローバル企業で採用されています。NTTデータは、当初よりこの算定方式に着目し、プラットフォームに実装し提供することにより、Scope3排出量の算定・削減を促し脱炭素社会の実現を目指しています」(明田)
青山氏によると、C-Turtle側でサプライヤー別原単位が毎年更新されることが導入の決め手のひとつだったという。当初はScope3だけにC-Turtleを使う予定だったが、法令対応や最新の排出係数の搭載といった使い勝手の良さから、Scope1・2の算定システムもC-Turtleへ統合した。
C-TurtleでのGHG排出量算定方法(総排出量配分方式)
森ビルがC-Turtleの導入を決めたのは2023年年末。2024年1~3月にかけて導入準備を行い、4月から2023年度分のデータ入力を始めた。C-Turtleの導入にあたってNTTデータは、森ビルグループとしての250以上の拠点をツリー構造で設定。大本に本社を据えて、拠点担当者の配置・権限設定やデータ集計の粒度、算定方法、操作方法などのサポートを実施した。
こうしたNTTデータの支援に、青山氏は、「C-Turtleの利用方法を拠点担当者まで浸透させるには非常に労力を要しましたが、NTTデータにご尽力を頂きました。組織規模によるバックアップ体制の安心感もありましたし、抱えている課題をお話ししたときの理解が速く、できることをしっかりと提案するコンサルティング力にも満足しています」と信頼を寄せる。
明田はお客様を支援する際に意識していることをこう語る。
「お客様は今まで慣れしたしんだ方法からC-Turtleを利用した方法に切り替えるため、操作方法についてなど不明点や改善要望が出てきます。その中にはお客様独自の内容やどのお客様にも共通に関わる内容もあり、C-Turtleのユーザビリティ向上に向けては非常に重要な意見だと捉えています。またGHG排出量の算定の観点で言うと、排出量の算定が目的ではなく、削減に向けた取り組みに繋がるかという観点でお客様とディスカッションすることを心がけています」
CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト):英国のNGOで投資家、企業、国家、地域、都市が自らの環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システムを運営
C-Turtle導入をきっかけにサプライヤーへGHG排出量算定を促す
では、C-Turtle導入後、どのような成果があったのか。
青山氏は「最大の目的であるScope3のGHG排出量削減は、長い目で見る必要があると考えています」と断りを入れつつ、「今回は総排出量配分方式の導入と併せて、新規竣工物件には業界推奨の資材数量方式を採用。まずはこの2つの算定方法の変更によって、従来比でGHG排出量を削減することができました」と現状での手応えを話す。また、C-Turtleの分析機能によるサプライヤーの原単位推移の可視化は、今後の削減活動においても重要な指標になるという。
また、サプライヤーへのヒアリングも進む。調達担当の田岡氏は、4月に入り60社を超える企業と面談を重ねてきた。
森ビル株式会社 仕入部運営改修発注部
田岡 正和 氏
「C-Turtleにサプライヤーが登録されていれば、サプライヤー別排出原単位やGHG排出量の経年推移などが表示されます。そのため、登録がないサプライヤーに対して、GHG排出量の算定のお願いをしています。建設業では、大手のゼネコンやサブコンの取り組みは進んでいますが、非上場企業のなかにはGHG排出量の算定が進んでいない会社もあります。また、ビルメンテナンスや警備、清掃といった役務提供を行う業界は、そもそもGHG排出量が多くないため、労力を割いてまで算定しようという企業はまだ多くない印象です。GHG排出量の算定は手間と時間がかかりますが、一緒に取り組めば削減効果は高まります。長い道のりですが、C-Turtle導入をきっかけに交渉を進めています」(田岡 氏)
サプライヤーの削減努力を自社のGHG排出量削減に反映できる
加速する2050年度ネットゼロへの取り組み
森ビルでは、『脱炭素化に向けたアクションプラン』に沿いながら、2050年度のネットゼロを目指していく。
「まず、建設時のGHG排出量、そのものを低減していきます。具体的には、電炉材や低炭素コンクリートなど低炭素素材の使用範囲拡大検討や低炭素技術の導入検討をゼネコン等サプライチェーン全体で進めていきます。次に、資源循環型都市の実現です。廃棄物由来のGHG排出量は誰もが身近に取り組めることなので、まずは廃棄物を減らす工夫をします。そしてリサイクル率を上げるための方法を色々と模索しています。社内に向けてもグリーン購入ガイドラインを定めました。そして、最も重要なのがサプライヤーとの協業です。先ほどもお話ししたように、サプライヤーに対しGHG排出量の算定をお願いし、2030年度には一次データの取得を取引額の70%に引き上げることを目標としています。また、すでにGHG排出量を算定しているサプライヤーに対しても削減の働きかけを行っていきます」(青山 氏)
森ビルが『脱炭素化に向けたアクションプラン』で示した目標
GHG排出量の削減以外では、社員の負担軽減にもつながるとの期待もある。青山氏は、「これまでは、データ収集、算定、分析と一部署にかかる負担が大きかったのですが、C-Turtleを導入したことで、入力などの手助けを各拠点の従業員ができるようになりました。また、これまで手作業だった法令改正への対応や最新の排出係数への更新が自動化されたのも助かります。今は導入したばかりで、目に見えて手間が減ったわけではありませんが、今後に期待をしています」と話す。
さらに、拠点自らGHG排出量を把握できるようになったことで、各拠点担当者のGHG排出量削減の取り組みに関する意識の高まりにもつながっている。
「大規模拠点は、温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)への対応や廃棄物再利用計画書の提出義務があるので、GHG排出量削減への意識は高い。一方で、その義務がない小規模拠点のなかには、C-Turtleへの入力で初めて自拠点の排出量を知ったケースもあります」(青山 氏)
脱炭素社会の実現に向けてC-Turtleをグローバルに広めていきたい
C-Turtleは定期的に新機能がリリースされ、ユーザーの使い勝手が向上している。青山氏も、「Scope3のカテゴリー1(購入した製品・サービス)とカテゴリー2(資本財)の使い勝手は非常にいいので、このカテゴリー以外の使い勝手向上にも期待しています。また、業種別推計値もより充実するとうれしい。例えば、サービス業だけでなく、警備業など細分化されると助かります」と期待を寄せる。
「サプライヤーにGHG排出量の算定をお願いしていますが、まずは算定に着手する何かきっかけになるようなツールや、あまり負担にならない方法でC-Turtleにサプライヤー別原単位を反映できる仕組みなどがあれば、さらに多くのサプライヤーを巻き込んで、次のステップに進めると思います」(青山 氏)
明田も「今後も多くの企業の排出量情報や各社の排出量削減の努力がつながり、サプライチェーン全体の脱炭素化が進むプラットフォームとして進化できればと思います」と意気込む。
最後に、森ビル、そしてNTTデータが目指す脱炭素社会の実現に向けた取り組みについて、それぞれに語ってもらった。
「GHG排出量の削減において、サプライヤーとの協業は欠かせません。GHG排出量算定のお願いでヒアリングしている中で、C-Turtleに興味を持たれる企業も複数いらっしゃいます。サプライヤーの皆さんにもC-Turtleを活用していただければ、C-Turtleがひとつの物差しとなり、よりいろいろなことがつながっていくでしょう。その結果、目指すべき未来であるサプライチェーン全体でのGHG排出量削減が実現できると思っています」(青山 氏)
「NTTグループ全体では、政府目標よりも10年早い2040年のカーボンニュートラルを宣言しています。目標の達成には、サプライチェーン全体でGHG排出量を可視化・削減し共有することが必要になります。そのためにも、C-Turtleをさまざまな業界や団体、企業に広めて、同じ物差しで皆さんが話し合えるプラットフォームへと成長させていきたい。今後は国内だけに留まらず、グローバルプロダクト化して全世界で使っていただき、社会課題である脱炭素化に寄与していきたい。
グローバル企業であるNTTデータは、日本から世界へ社会インフラを繋げてきたNTTのDNAである“繋ぐ”を活かし、世界中のサプライチェーンのGHG排出量削減努力を繋ぐことで社会課題を解決していく役割を果たしていきます」(明田)
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森ビルグループが取組むGHG排出量 Scope3削減についてはこちら
森ビルグループが取組むGHG排出量 Scope3削減~サプライチェーン排出量の削減に向けて~ | ウェビナー | NTTデータ - NTT DATA
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