ビールの「濾過計画業務」を
デジタル活用で1/6に効率化

1日最大6.5時間を必要としていた熟練者による業務が最短55分に短縮

生産現場での改善やICT活用をめざす中で課題としてあがった、ビールの「濾過計画業務」。知識を持った担当者が1日あたり5~6時間程度かけて行っていた業務を、1時間もかからずに終了させるツールの開発・運用には、現場発の変化への熱意と、それを支え、ともに取り組むIT部門、現場へと足しげく通ったプロジェクトメンバーの粘り強さがあった。

お客様の課題

  • 作業負荷が高く、知識・経験のある人が時間をかけて行う「濾過計画業務」
  • 長年培った知識・経験が属人的でドキュメント化されていない
  • 工場ごとに設備の違いがあり、標準化が困難

導入効果

  • 1日平均で5~6時間かかっていた作業が1時間以内に完了
  • ツール開発に伴い、知見がドキュメント化
  • ドキュメント化で必要・不必要なものが洗い出され、共通作業や類似点を集約していくことで、全国の工場へ展開が可能に

濾過計画システム

発酵したビール類から酵母や原料を濾過する工程の計画立案作業をAIによって自動化するツール。

ビールの製造計画やタンクの使用状況、品質分析データ等に対して、予め設定した制約条件をもとに濾過計画を自動で立案することで、これまでは人手で1回あたり最大6.5時間かかっていた作業を最短55分に短縮。
制約エンジンには、iZ-C(制約プログラミングを行うためのNTTデータセキスイシステムズ開発ライブラリ)を利用し、複雑な制約を考慮した計画を出力する。

ケーススタディ

導入の背景と課題

生産現場の負荷低減にITを活用する

2019年、主力製品の「一番搾り」の缶商品が、3年連続で前年増を達成、2018年に発売した新ジャンル飲料「本麒麟」の大ヒットなど、好調な売り上げを記録しているキリンビール。一方で長期非財務目標「キリングループCSVパーパス」を発表、グループ全体で社会的価値を創出するCSV経営を進めている企業でもある。

ビール製造の大まかな工程は、麦芽のエキス分を抽出し、それに酵母を添加して発酵、熟成させた後に濾過し、容器に詰め、出荷するというもの。濾過というのは、添加した酵母を取り除く工程になる。酵母という生き物が造り出すビールは、タンクごとに微妙な差があり、それをミキシングすることで製品の基準に合わせる必要がある。そして、濾過後のビールは貯蔵できる期間が短く、なるべく早く容器に詰めなければならないため、生産計画に基づき最適な濾過の量を決めなければならない。さらに、複数ある設備のどれを使用するのが最適か、その判断も求められる。この複雑な条件に基づいた濾過計画を立てるために、今までは工場ごとに1~2人が専任で作業をしていたが、非常に時間がかかり、なおかつ「匠の技」のような、属人的なノウハウがあった。

このプロジェクトを主導したキリンの木村氏は、キリンビールとキリンビバレッジの技術部に所属し、データ活用をはじめとした新規技術を生産物流の現場に導入する業務を担当している。「これまでビールの製造現場は、あまりICTの活用に関して積極的に取り組んでいませんでした。省人化が進み、工場で働く一人ひとりの負荷がかなり大きくなっているので、ICT活用で製造現場の業務負荷を減らすための取り組みを考えています」(木村氏)さまざまな工程を検証する中で、木村氏は製造現場の業務負荷が高い工程のひとつであるビールの「濾過計画業務」の自動化をターゲットに取り組むことを決め、まずは全国に9つある工場のうち、キリンビール福岡工場での導入をめざした。

キリンビール株式会社 技術部 主務
兼 キリンビバレッジ株式会社 生産本部 技術部 部長代理
木村 静太 氏

一方、阿部氏はキリンホールディングスで、生産と需給に関する情報戦略を担当している。今回の案件は技術部が主導していたが、木村氏から相談を受け、他のプロジェクトとの連携をとるうちに本格的に関与することになった。「私たち情報戦略部はポイントを絞った課題解決よりも、全体から見た仕組みを考える立場なので、取り組み方のフォーカスに違いがあります。実際、今回の濾過計画業務ツールも、工場ごとにあまりにも条件が違うので、着手しきれていなかった部分があります。それを技術部と共同で実施することで解決策が出てきました」(阿部氏)

キリンホールディングス株式会社 情報戦略部 主務
阿部 裕恵氏

選定ポイント

熟練した担当者の頭の中にしかない条件を明らかにする

木村氏が濾過計画業務の自動化をめざして技術探索をする中、展示会でNTTデータグループのブースに立ち寄り、解決策につながりそうなソリューションの紹介を受けたことがNTTデータとのタッチポイントとなった。

木村氏はNTTデータを含む複数の会社に対し、AIを活用した仕組みの提案を求めたという。他の会社からは過去の計画パターンを学習させるディープラーニングを使った提案もあったが、NTTデータからの提案は「制約プログラミング技術※による開発」。はじめからディープラーニングを使ってしまうと、なぜその答えになったのかという過程が見えず、ブラックボックス化してしまう。まずは担当者の頭の中にしか存在しない複雑な条件設定をすべて明らかにし、それをもとに根拠を明示して出力できる、制約プログラミング技術が最適という考えだった。さらに、あらかじめ仕様を確定させてシステム開発を進める「請負」の形式を取らず、PoC(概念実証)を経て、本格導入というスケジュールを提案。これは生産現場側の人間からすると違和感のある提案だったという。「われわれが工場の設備を導入する場合は、請負が当たり前です。実は当時PoCという言葉も知りませんでした」(木村氏)

担当者の頭の中にしかない、複雑な条件分岐を割り出すために、NTTデータのメンバーは毎週足しげく工場現場に足を運び、ドキュメント化やプロトタイプを走らせながら、製造現場の担当者からじっくりと話を聞くことに注力した。「過去のデータでプロトタイプを回してもらうと、実際想定している結果とは違いが出てきます。それは何が原因なのか、担当者の考え方を洗い出しますが、それでも何か抜けがある。そこをじっくりとヒアリングしてもらうと、伝えていなかった制約が出てくるわけです。NTTデータさんも相当苦労の多い作業だったと思いますが、この作業を繰り返すことで、ツールの精度が上がるのはもちろんですが、担当者のノウハウがドキュメント化されるという、新たな成果も得ることができました」(木村氏)

最終的な選定の決め手はずばり、コストと結果の精度だったという。「人が出した結果と、実際にNTTデータがプロトタイプで作ったものにデータをインプットして走らせて、その結果を比較しました」(木村氏)

  • 制約プログラミングは、問題に存在する制約を利用して効率よく答えを見つける技法。生産スケジューリングや資源割り当てを考える際の複雑な問題を解き明かすのに優れた技術とされる。NTTデータセキスイシステムズが開発した制約プログラミングライブラリ『iZ-C』は国際的な競技会「MiniZinc Challenge 2017」において金メダルを獲得している。

導入効果・今後の展開

年間約1,000時間の効率化を実現。さらなる進化も

濾過計画自動立案ツールの導入により、今まで熟練者が1日最大6.5時間程度かけて立案していた濾過計画が最短55分に短縮された。結果として年間で約1,000時間程度の効率化につながっただけでなく、濾過計画システムの運用精度を高めることでさらなる効果の創出も可能だという。創出された時間でさらなる品質向上に向けた取り組みや、熟練者からの技術伝承を進め、さらに高い品質管理レベルの生産体制をめざしている。「若いメンバーが増えてきているので、若手の育成業務、あとは工場の改善活動というのを盛んにやっていますので、空いた時間はそういったことに割り当てています」(木村氏)

今回作成したツールは今後全国各地にある他の8工場にも展開する予定だという。ただ、それには工場ごとに違う作業をある程度標準化することが必要だ。「社内にプロジェクトを立ち上げて、そこで全工場のメンバーを集め、業務の整理を行う必要があります。標準化といっても、すべてを統一するのではなく、共通作業や類似点を見つけて、集約できる業務や不要な業務の選択を進めていきます。基本的に共通のベースを持っていても、各工場特有の設備によるものなどは残さないといけないので」(木村氏)2020年の1月から、他の工場へ順次展開し、現時点では3工場で展開中。全工場に展開した後には、濾過だけでなく他の工程の業務計画ツールにも着手する計画があるという。

NTTデータへの期待

パートナーとしてより強固な連携を

「今回のプロジェクトでは、NTTデータのプロジェクトマネージャーの方にしっかりとかじ取りをしていただいたことが成功につながっていると感じています。請負ではないので、業務をやっている中で、新しい要件や想定しないことも出てきますが、『現場のためになるならやりましょう』という発言がとても多く聞かれ、私たちの立場になって進めていただき、本当に頼もしく感じました。そういったパートナーといっしょに仕事ができるのはありがたい限りです。私個人はNTTデータさんとの初めてのプロジェクトでしたが、この会社にお願いをすれば成果に結び付けてくれる、という印象がつきました」(木村氏)

「NTTデータさんとはこれまでもお付き合いがありますが、優秀な人材を抱えている会社だな、ということを常々感じています。2012年からアライアンスを組んでおり、社内の業務や数百あるシステムをよく知ってもらっていることもあり、今回のような他にはない提案や、キリンの立場に立った進行で成功に導くことができていると思っています」(阿部氏)

キリンでは、長期経営構想の中で、イノベーションを実現する組織能力の実現のために、ICTの活用を明確に掲げている。今後のICT活用について二人は次のように話す。

「今後も私たちはビールや飲料の生産技術の向上に取り組んでいきますが、そこには情報分野との融合が欠かせないと感じています。パートナーの協力なしには成し遂げられないので、お互い高め合いながら、ぜひNTTデータさんには飲料製造業を盛り上げる存在になってもらいたいと思っています」(木村氏)

「キリングループでは現在、全社的な業務改革プロジェクトが進められていて、販売、調達、会計、生産といった業務アプリケーション全般の更改や、インフラ基盤の整備も進めています。また、今は部分的にしか使えないデータをつなげたデータレイク環境をこれから構築しようとしており、データをボーダーレスに誰でも使えるようにしていくというのが、目標になっています。そこに向けては、『データサイエンティスト』といわれる、データを扱う人材育成も非常に重要だと考えており、これについてもNTTデータさんにも協力してもらいながら人材育成していくといったことを考えています。さまざまな取り組みの中で、キリンのことを熟知したNTTデータさんと連携をすることで、さらに効果やクオリティーを上げていくことができればと考えています」(阿部氏)

お客様プロフィール

お客様名

キリンホールディングス株式会社

本社所在地

〒164-0001 東京都中野区中野4-10-2 中野セントラルパークサウス

会社設立

1907年2月23日

事業概要

グループの経営戦略策定及び経営管理

お客様名

キリンビール株式会社

本社所在地

〒164-0001 東京都中野区中野4-10-2 中野セントラルパークサウス

会社設立

2007年7月1日

事業概要

酒類の製造、営業、販売

ウェブサイト

https://www.kirin.co.jp/

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