日本企業がAIを活用してグローバル競争に勝つために
佐々木裕(NTTデータグループ社長)×宮田拓弥(ScrumVentures)
AIを中心にテクノロジーが加速度的に進化するなか、日本企業はグローバルでどのように戦っていけばいいのか。Scrum Ventures創業者兼ジェネラル・パートナーの宮田拓弥とNTTデータグループ代表取締役社長の佐々木裕が提言する。
「AIをはじめとしたテクノロジーの進化などにより、世界が大きく変わろうとしている。これからの時代は、ますます“Foresight(先見力)”が重要になります」
そう断言するのは、NTTデータグループ代表取締役社長の佐々木裕(写真左。以下、佐々木)だ。Foresightを起点として、企業に提言、実装、成果までの価値を提供している同社は、この激動のなかで、日本企業はいかにしてグローバル競争力を高めていくべきと考えているのか。米シリコンバレーと日本に幅広いネットワークをもち、新規事業創出を手がけるScrum Venturesの創業者兼ジェネラル・パートナー宮田拓弥(写真右。以下、宮田)と佐々木が語り合った。

AIの進化で「バウンダリー」が消失
宮田
2025年の大きなテーマは「バウンダリーの消失」だと考えています。
エヌビディアのジェンスン・ファンCEOが「これからの時代はフィジカルAIだ」と語っているように、いよいよリアルとバーチャルの境がなくなってきています。
その一例が、ヒューマノイドの実用化です。
米スタートアップアプトロニクは、自家用車よりも安い価格で人と同等以上の作業が可能なヒューマノイドアポロの量産を始めており、物流倉庫などでの利用が想定されています。
また、テスラがハンドルやペダルがないロボタクシーを27年に量産すると発表しましたし、グーグルはAIと会話しながら生活できるスマートグラスの概念実証の動画を公開しました。
佐々木
バウンダリーにはふたつの意味があると思います。
リアルとデジタルの世界がつながるだけでなく、産業構造が少しずつ壊れていく可能性もあるのではないでしょうか。

佐々木裕 NTTデータグループ 代表取締役社長
宮田
おっしゃる通りです。
アルファベット傘下で自動運転を開発するウェイモのロボタクシーは、サンフランシスコ市内でのシェアが25年中にもウーバーを超えるかもしれないといわれており、自動運転はすでに現実のものとなっています。
運転手が必要ないということは、ずっと走り続けることができるということです。
そうすると、物流トラックが長距離バスのように客を乗せた移動や、これまでと異なるものを運べる可能性も出てきます。
まったく新しい業態が生まれるかもしれないし、自動車や鉄道などの産業がAI系の企業に大きく侵食されるかもしれない。
産業構造が大きく変わるでしょう。
佐々木
24年は生成AIが進化し、マイクロソフトのCopilotのようなAIツールが個人のタスクを補佐することで、一人ひとりの生産性を向上させました。一方で25年は、業務を自律的に実行する「AIエージェント」の年になると考えています。
単に個人の生産性を改善するだけでなく、企業のなかにあるファンクションをAIに代替できるので、生産性を一気に改善できるでしょう。
昨年当社は「SmartAgent™」というコンセプトを発表しました。(詳細はこちら)
AIエージェントが世の中に普及すると、それをコントロールする存在も必要なのではないかという発想です。
企業が扱う課題は複雑なケースが多いので、複数のAIエージェントが会話をしつつ、SmartAgentが業務全体をオーケストレーションする世界がやってくるのではないかと考えています。
宮田
“IT屋”としてワクワクするお話ですが、データをどう使っていくかが課題です。会社の機密をAIに与えるのはリスクだという考えは根強い。
私たちもAIツールを業務にどう使っていくかを議論していますが、会社でポリシーを設定し、積極的に使っていくことが基本的な方針になるでしょう。
佐々木 トランプ政権になってITの規制が緩和されましたし、米国では若干、リスクに対して寛容になっているのでしょうか。
宮田 今の米国は、中国の状況とまったく正反対なのが興味深いです。米国では民間がいろいろなデータをAIに自由に活用している。一方で中国は、政府がデータを管理しています。 日本での議論はまだまだこれからですが、国として、クリティカルにならないレベルでデータを使っていくことが重要です。
佐々木 データのマネジメントが必要です。さらに人間に近い能力をもつ「汎用人工知能(AGI)」が登場したら、暴走するリスクがあるともいわれています。
宮田
会社の経理部や人事部などがごそっとAGIに代わることになると思うので、ルールから見直さなければならないことが多々出てきます。
早ければ来年にはAGIが導入されるので、仕組みから変えていく必要があります。
「スマホネイティブ」という言葉がありますが、今後はAIありきで生活する「AIネイティブ」の時代に対応していかなければなりません。

宮田拓弥 Scrum Ventures 創業者兼ジェネラル・パートナー
リアルの世界でのデータ取得がカギ
佐々木
チャットGPTのようなパブリックなAIは、インターネットのナレッジによって進化していきますが、データ漏えいの懸念があるので、プライベートのAIも進化させていく必要があります。
この領域は今まさに競争が始まったところで、プライベートAIをいかに低コストで学習させてリターンを得られるようにするかが、25年以降のチャレンジだと考えています。
宮田
もしかしたら、業界ごとにAIエージェントを共有することもありうるのではないかと思っています。
パブリックとプライベートとのハイブリッドや他者との共創など、いろいろなタイプのAIが出てくるのではないでしょうか。
佐々木 日本企業がAIを活用して世界と戦っていくためには、何から始めればいいとお考えですか。
宮田
DXでは日本はなかなか活躍できませんでしたが、AIはチャンスだと思っています。
AIはインターネットのなかだけでなく、私たちが使っているデバイスのなかにも組み込まれるので、モノづくりをしてきた日本に一日の長があります。
AI活用のカギになるのはデータですが、今日現在、存在していないデータが世の中にはたくさんあります。
これらをどうやって取得してAIに共有するかが重要なので、バウンダリーの先にあるリアルの世界に入り込んでデータを取得することが近道だと思っています。
佐々木 私たちもフィジカルデータを取得するための試みとして、昨年、ナインアワーズとの協業で東京・品川にカプセルホテル「ナインアワーズ品川駅スリープラボ」を開業しました。(詳細はこちら)
そこでは利用者同意のうえ、睡眠解析センサーで睡眠中のデータを取得し、睡眠レポートを提供しています。
新たなデータから生まれた知見を、インターネットのデータと組み合わせることでバウンダリーを消失させる。その先で、これまでにない価値を世界へ届けられると考えています。
一昨年から私たちは「Moving forward in harmony.」をキーワードに掲げています。
データの組み合わせによる新たな価値創出にとどまらず、自然との共生や人間同士のハーモニー、さらには人間とロボットとのハーモニーを大事にし、AIともハーモナイズしながら、皆さまと一緒に未来をつくっていきます。

- ささき・ゆたか
- NTTデータグループ代表取締役社長。
製造ITイノベーション事業本部長、常務執行役員コーポレート統括本部長、最高技術責任者(CTO)などを経て2024年より現職。
NTTデータ代表取締役社長も兼務する。

- みやた・たくや
- Scrum Ventures創業者兼ジェネラル・パートナー。
日米でソフトウェア、モバイルなどのスタートアップを複数起業。事業をmixiに売却し、mixi America CEOを務める。
2013年にサンフランシスコでScrum Venturesを設立し現職。
text by Fumihiko Ohashi | photographs by Takao Ota | edited by Akio Takashiro